サクセス


 指が。
 その震える、指が煽る。
 その震える指が、摘む。
 まるで何かを言わんとするかのように、小さく震えて、その震えが、つままれた服から俺に伝播する。

「誉さん? どーしたんすか」

 その弱々しい姿を見ているのが居た堪れなくて、そして、慣れなくて、わざとふざけたような口調で問い掛けてみた。いつもなら、そういう言葉に過剰すぎるほどに反応するくせに、今日の誉さんは、何も言わずにそのままでいるだけだった。
 正直に言うならば、意外だった。いつも強がって、弱いところを決して見せようとはしないはずなの、に。

「……、」

 唇が僅かに動いて、何かを紡ごうとする。しんと静まった空気が、誉さんの声でとても小さくそして弱く震える。
 誉さんの指に篭る力が、ほんの少しだけ強くなった。

「き、」
「え……? ごめ、誉さんもう一回」

 耳を欹てて、空気の動きに神経を集中する。誉さんの口がそうっと動く。俺は引き込まれるように、その動きに魅入った。
 まるで、完成された何かの芸術品に魅入る人のようにただひたすらに真っ直ぐに。

「……好き」

 ……ただ、驚いた。てっきり誉さんには毛嫌いされているものと思っていたから。驚くだけで、何も出来ない俺に誉さんはまだ尚言う。

「……好き、なんです」

 その響きは優しく甘く俺の鼓膜を揺らした。その声は今にも掠れて空気に融け込んで消えてしまいそうだと思うほどに小さくて。
 まるで 誉さんのようだ と 思った。





2005/06/26