窓の向こう側


 大和は見慣れないものを、まるで幽霊でも出たかのように見下ろした。
 ――生徒会室の机に突っ伏してうたた寝する誉。手には珍しく仕事でもしていたのか、ボールペンが握られていた。

「…誉かいちょー」

 悪ふざけ交じりの呼び声。
 しかし、誉はその声に小さく身動ぎしただけで、それ以外には特に何もしなかった。
 ふっと溜息をついて、大和は誉の右手に握られたボールペンを取りキャップをはめた。そして、誉に小さく話し掛ける。

「誉さん、もう下校時間過ぎてるんだけど」

 ボールペンを青いペン立てにさして、誉の身体を軽く揺らす。小さな呻き声をあげ、誉は薄らぼんやりする眠りから、意識をこちらに戻した。

「……? え?」
「おはよ誉さん」
「山狐……? なしてこんなとこさ」
「だってここ学校じゃん」
「!? はあ!?」

 慌てて立とうとしたのか、誉はバランスを崩し椅子から落ちて床に強かに腰を打ちつけた。嫌な音が、生徒会室中に響く。

「……だいじょぶ?」
「ええ、お陰様で」
「誉さんがこけたのは俺のせいじゃないし」
「八つ当たりです」

 然も当たり前のように言う誉に瞑目しつつ、大和は誉に腕を差し出し立つように促した。しかし、誉はその手は取らずに立ち上がった。

「今何時です?」
「7時半」
「……」
「何分寝てたんすか?」
「……短くて、1時間は」

 面倒だといわんばかりの大仰な溜息を吐いて、誉は机上に散らかっていた資料や書類といった紙類を一つに纏め、とんとんと静かな音を立てて整えた。
 そして同じように眠っていたあかべ子を小突いて半強制的に眠りの世界から覚醒させる。やや不機嫌そうにそっぽを向くところは、飼い主に似たのかもしれない。

「仕事は大丈夫なんすか?」
「別に今日までじゃないので関係ありゃしません」
「ふーん」

 そっぽを向いてしまったあかべ子を、誉はいつものように自分の肩に乗せる。
 あかべ子も抵抗らしい抵抗はせず、すんなりと肩の上で丸まった。
 纏められた紙類をクリップで留め、ばさり、音を立てて机に置く。小さな風が起こり、消しゴムのカスが幾つか机の下に落ちていった。
 大和は窓の外を見ながら、誉の名を呼んだ。

「誉さん」
「何ですか」
「――帰ろっか」

 大和が目を細めて誉のほうに振り返る。暗くなった窓の外、少しくすんだ星が、眼にはいる。

「……そう、ですね」

 少しだけ暗くなった空間で、人知れず、どちらからともなく指が絡まった。





2005/11/03