生憎心


「汝は死が二人を別つまで、妻を愛しますか――って言うんだっけ?」

 そう問うと、愛兎と戯れていた誉さんは、遊ぶ手を止めて訝しげな視線でこちらを見上げてきた。

「……何の話ですか、いきなり」
「キリスト教の結婚式での誓いの言葉」

 窓枠に手を掛けて、少しだけ灰色っぽい空を見ながら答えた。
 雪降りそうな空模様だ。小さくそう呟くと、誉さんがうさぎを自身の肩に乗せて俺と同じように窓の外を見た。
 誉さんは小さく溜息を吐いて(多分雪のことを思ってしたのだろう)から、ゆっくりと言った。

「知りません。興味もないですし」

 『やっぱり』と思いながらも、そういった素振りは微塵も見せないようにして、俺は壁に背を預けた。
 ――もしキリスト教が国教だったら、俺の抱いている感情は違犯だよなあ。
 俺はぽつりとそう呟いた。誉さんにも聞こえないよう、とても小さな声で。
 ぴくり、と誉さんのうさぎの耳は反応したけれど、誉さんは気付かなかったのか何も言ってこなかった。

 俺は誉さんのことが好きで、でも誉さんは俺の気持ちなんか知ってるはずもなく。
 ただひたすら隠すように抱き続けているこの感情は、俺の中だけで渦巻いているだけなのだ。
 ただの先輩後輩という関係や、ただ部活が同じなだけ。そんな関係を打破したいと思ったことは一度や二度じゃない。
 けれど、怖いのだ。この居心地の良さが壊れていくのが。
 誉さんに、嫌われてしまうことが。

「結婚願望とか無いんすか?」
「……うっつぁーしーです」

 今の俺は、こうやって想いを隠して、馬鹿みたいな話をするのが精一杯だった。
 本当はもう一歩踏み出したいが、この関係を壊すのが怖い。だから、これが俺の限界。

 ――本当は言ってしまいたい。この関係を壊しても構わないから言いたい。好きで好きで仕方が無い。
 でも言わない、いえない。……言いたい。






2006/01/10