Sleeping Kiss
「――」 すやすやと静かな息をたてて、放送室のボロいソファに身を沈める誉さん。本当に寝ているのか、まさか狸寝入りではあるまいかと思い、そうっと手を彼の目の前辺りでゆっくり動かしてみた。 ――予想に反し、彼はその手に全く反応せず、ただゆっくりと眠りの世界に身を浸しているままだった。 「えー。本気で寝てんすか、誉さん」 そう言いながらも、自分の声帯から出て行く声は、随分と潜められていた。我ながら甘いというか、何と言えば良いのか。 額と右目蓋に掛かっている前髪をやさしく除けて、そっと彼の顔を覗く。すぅと微かな呼吸の音が、耳の奥、鼓膜を揺らした。 「……っ」 ほんの少しの衝動が、胸の奥に灯る。――その灯火が、まるで森の真ん中に投げ棄てられた煙草の火のように広がっていく。 それは宛ら山火事。僅かな光の点だった種火が、今や燃え盛る紅蓮。 「……誉、さん」 最終警告だ、というように名を呼んだ。それでもその声は小さなまま。気付かないでくれ、できれば起きないでくれと心の中で叫びながら。 そっと触れ、目蓋にやさしく口付けた。 その後にあったのは、彼の小さな身動ぎ、ただそれだけ。彼は、いまだ寝息を洩らしながら、静かに眠っているだけだった。 その事実にほんの少しの肩透かしを感じながらも、次は唇へとキスを落とした。あと何回やれば誉さんは起きるのかと、考えながら。 2007/01/24 |