つかずはなれずあいしてる


 誉以外の役員がろくに居たためしもない生徒会室は、彼の格好の休憩スポットだ。「仕事なんて滅多にない(仮にあってもこの学校の今の状況から考えるに、遂行されることもないだろう)上、一般生徒から(何故かはわからないが)恐れられている自分が居るのだから、まあそれも当然のことだろう」と誉はその状況を最大限に利用して、授業をサボるだの何だのと、たいていの時間をそこで過ごしていた。
 ……まあ。今となっては、「彼の格好の休憩スポットだった」と言ったほうが正しくなるのだが。

「かいちょー。ちょっといいー?」

 穏やかな静寂、休息を破るように響いた大和の声に、誉は思わず表情をゆがめた。そして、本から視線を外さず早口に吐き捨てる。

「うっつぁーしくなっがらさっさと出てってください」
「ちょ、まだなんも言ってないっしょ。聞く前からそれはひどいと思うんだけど!」

 誉はかすかに眉を顰め大和を一瞥したが、そのまま手元の本に視線を戻し、小さな声で「うっつぁし」とつぶやいた。本のページを繰る誉の指先に、微かに力がこもったが、大和はそれに気付くことなく、「誰の所為っすか、誰の」と軽い返事をするだけだった。
 大和は誉の態度を特に気にした風もなく、誉の読んでいる本の中身を覗き込みながら机に腰掛けた。机上と本には大きな黒い影がかげり、とうとう誉がしかめっ面をして顔をあげる。

「ああもうわかりましたよ。なんですか。碌なことでもなかったら――」
「かいちょ、ちょっと俺のこと呼んでみて」
「はぁ?」
「いいから。俺のこと呼んでみて」

 意味がわからない。誉が不審そうに大和を見つめるが、大和はそんな誉の視線すらものともせずに、誉が自身を呼ぶのを待っていた。
 あきれた溜息をひとつ落として、誉は本にまた視線を落とす。「ちょ、会長無視しないで!」といつもと同じように悪ふざけじみた声が誉の耳に届くのとほぼ同時に、手の中の本が大和に奪われた。慌てて視線で本を追うと、先ほどの声色とは不釣合いな真面目な色を宿した双眸が誉を見下ろしていた。

「全く意味がわかりません、何なんですか、何がしたいんですか山狐は」

 その色を見つめていられず、誉は大和から視線を外してそう問いかけた。その誉の言葉に、大和は眉間に皺を寄せた。そして腕を伸ばして、誉の肩を包み込んで耳朶にすがるようなささやきを落とす。

「なあ、俺の名前、呼んでよ――ほまれ」

 誉の肩口に縋り付くようにして、大和はうわごとのようにねえほまれお願いと何度もくりかえす。誉の目尻が、赤く熱くなっていく。

「……、や、まと」

 誉はそっと、そうっと大和のカッターシャツを掴んで、小さく、本当に小さく、ささやいた。
 部屋に差し込む西日が、二人を茜色に染めていた。





2009/スンバ/ラリア
好き合ってるが故に名前を呼ぶのが恥ずかしいと思ってたら萌えるなーとおもって書きました。
相変わらず頭沸いてるとか言わないでくださいね。なんだかんだいって私は誉さんがとても好きです。
私の書く大和は多少私の願望が投影されてしまっているから、誉さんのことを会長と呼ばず「誉さん」と呼ぶため、この小説がむしろ浮いてるよ……orz