お菓子と彼と拙者


 ぶすくれた表情で、誉は芋羊羹をもさもさとむさぼっていた。味わう、ということとは無縁そうな、不機嫌そのものともいえる表情だ。
 その卓を挟んで向かい側では、その芋羊羹の製作者であるすんきが、誉の顔色を窺うようにしながら緑茶を啜っているという、なんともアンバランスな図式である。

「……不本意です」

 言いながら、芋羊羹を食べ終えたらしい誉は自身に出された湯飲みに手を伸ばす。
 誉の言葉にきょとりとすんきは目をまばたかせ、「何がでござるか?」と湯飲みを机上に戻しながら尋ねた。
 誉は、自身の前に置かれている二つの皿に固定されていた視線をすんきの方にやり、あからさまに溜息を吐いた。

「……にしゃのお菓子はおいしいって食べんのに」

 ぶつぶつと呟きながら、誉はずずずと音を立てて緑茶を飲んだ。すんきはその言葉に苦笑する他には何もできず、苦笑したことを誤魔化すように、楊枝で芋羊羹を一口大に切り、それを口に運んだ。じわりと静かで上品な甘みがすんきの口内に広がる。
 休憩時の茶菓子にと、すんきが放送部に手製の和菓子を持って行ったのはつい一昨日のことだった。上手くできたか、皆に好まれるか、すんきにも多少の不安はあったのだが、一昨日持っていった和菓子――芋きんつばは、放送部の面々には概ね好評だった。特に大和はあの味をとても気に入ったようで、祀里が不在だった故に余ってしまった芋きんつばまで彼はぺろりと食べてしまった。
 が、誉はそれが気に食わなかったらしい。
 その日の活動が終わるや否や、誉に腕を惹かれ、すんきは生徒会室に連れ出された。生徒会室で福島訛り全開で降ってくる誉の言葉を、すんきが脳内でゆっくり噛み砕き、どうすればこの状況を打破できるか考えた結果、こんなこと――すんきの家に、誉がやって来る事態となったのである。

「なんでこっちのは駄目なんですかねえ」

 呟きながら、誉は空の皿の隣においてある皿の上に鎮座していたクッキーを一枚持ち上げ、それを口に運んだ。
 すんきはそれの正式名称をおぼえていない。誉が袋を押し付けながら言った名称は、横文字が多くすんきにはややこしかったのだ。首をかしげるすんきに、苦い顔をしながら「苦瓜と南瓜の……焼菓子です」と端折った説明をし、さらに「土産です」とむりやりにその話を締めくくって、玄関に上がりこんだのを誉はよく覚えている。

「いっつも山狐は文句ばっかりなんですよ」

 ぶつぶつと言いながら、誉はもう一つクッキーを口にする。「せっかく作ってやってるのに」、誉はその言葉をも一緒に飲み込むように、クッキーを飲み込んだ。

「誉殿は……大和殿に菓子を褒めてもらいたいのでござるか?」
「な……、ち、ちがいますよ! そっだらこと言ってにーでしょ!!」

『目は口ほどに物を言う』とは、よく言ったものでござる、すんきはそう考えながら、少し冷めかけた湯飲みの中身を一気に飲み干した。
 誉がそれを大和本人の前で出さないのは、持ち前の意地っ張りが原因なのだろうか。何か別の問題があるような気もしたが、しかしすんきにはそれを知る術はなかった。すんき自体、そこまで深入りするつもりもないだろう。

「違いますからね! 聞いてるんですか!?」
「誉殿も作ってみたら如何か? 拙者で良ければお教えするでござるよ」

 きゃんきゃんと吠えていた誉が、ぴたりと止まった。そしてぱちくりとまばたいたかと思うと、ついと視線を逸らしてぽつりと一言、囁くようにつぶやいた。

「いらにーです。……にしゃと同じモノ作って言われても嬉しくねえです」

 そうでござるか。言いながら、すんきは湯飲みに緑茶を注いだ。薄い湯気が湯飲みから上がる。確かにそのほうが誉らしいかもしれない、そう思いながら、誉が持ってきた焼き菓子に指を伸ばした。

「……でも。いつか気になったら聞きに行くかも知れねーです」

 そっぽを向いたまま、誉はさっきよりも一層小さな声で呟いた。すんきはおもわずぱちくりとまばたいてしまったが、すぐに眉を下げて笑った。

「その時を、楽しみに待ってるでござるよ」

 開け放った雨戸から、風が吹き込んだ。
 すんきが食べた誉の焼き菓子は、甘みと苦みの混じった不思議な味がした。





2010/スンバ/ラリア