勇躍のグリーン
「あおい、いつもたのしくなさそーな顔してるよな」 不意にかけられた声に、文庫本の文字をなぞっていた視線を上げた。自分以外には誰も来ないだろうと踏んで選んだ空き部屋だったが、いつの間にやらみつかってしまったらしい。不満げに唇を尖らした翠が、開けた扉に触れたまま私を見つめていた。 いつもなら私を探している間に迷子になって探される側だろうに、翠が私を見つけるとは珍しいこともあるものだと、翠に気取られぬよう内心で嘆息する。 「それがどうした」 翠から視線を外して本にブックマーカーを挟めば、背表紙で鎖の先の猫が揺れた。 これは、昨年誕生日の祝いにと琥珀から寄越されたものだ。私を見つめていた翠は、距離があるというのに目ざとくもそれに気づいたらしい。「……それ、去年こはっくんがあげてたやつ?」と、首を傾げた。 「そうだが」 返事をしつつ立ち上がる。どうせ「見回りに行くのにあおいがいない」と探しに来たのだろう。見つけないでいてくれれば良いものを、とも思うが、これがダンジジャーとしての仕事のひとつなのだから諦める他はない。 のろのろと翠の方というよりも、扉へ向かう。動き出した私を見て、翠は一歩だけ部屋に入っていた身をすぐさま廊下へと翻し、首だけを覗かせて、あおいはやくー、と私を急かしている。 はあ。思わず溜息が出た私を咎める者はいなかった。 戸を閉めている内に歩き出した翠を追い、機関の廊下を歩き出した。 「いがいだった」 数歩先を歩いていた翠が、私の隣に下がりつつ言う。 「何がだ」 「あおいがこはっくんのプレゼントつかってたのが」 ちらりと翠に視線をやれば、先ほどの、部屋の戸口でしていたのと同じ表情をしていた。 「私に宛てられたプレゼントを使って何が悪い」 「わるいとかじゃなくて! あの時あおい、おれのプレゼント、よろこんでくれなかったじゃん!」 なのに、こはっくんのプレゼントはつかってるから…… 翠が途切れ途切れ言う言葉に、思わず眉間に皺を寄せた。翠はいつも明るいお祭り男にはそぐわない表情をしていた。似合わぬ表情だ。 ……右手を本ごと持ち上げ、そのまま、ばしんと翠のあたまをはたく。思ったよりもいい音がしたが、どうせ私の力だ、然程痛くもない筈だろう。癪ではあるが。 文句を言おうとしたのだろう、口を開きかけた翠に言葉を投げる。 「貴様からもらったものは私の日常ではあまり用いないが、部屋に飾っている」 「え」 ぽかん、と間抜け面をする翠に畳み掛ける。 「……大切にする、と言っただろう。私は、世辞を言う性質ではないぞ」 自分で言っていて気恥ずかしくて耳が熱を持ったが、気付かない振りをした。 驚いたように目を丸めた翠は、私の言葉を咀嚼していたのだろう。数秒そのままの表情をしていたが、突然顔を明るくし、顔をずずいと私の方に寄せた。思わず逃げ腰になるが、翠の手が私の手を捕まえてそれも叶わない。 「いまの! いまの顔、もっかいして、あおい!」 「……離れろ翠、しゃーしい」 「あおいひどい!」 言葉とは裏腹に、翠の顔は笑っている。翠らしい、いつもの顔だった。 write:2013/08/11 up:2013/08/11 |