崩れる関係


「先生」

 喉の奥で大丈夫ですか? と呟き、指先で解けた薄い青髪に触れた。いつもは結ばれている、先程自分が解いた髪に。その流れでそっと額に触れると、先生はばっと目を開き、勢いよく身体を起こした。一対の目が、こちらに真っ直ぐと向く。
 乱れた衣類の奥、肌蹴た首もとの紅い痕跡に、目がついた。

「神城、お前」
「大丈夫ですよ、」

 ひらひらと手を振って、先生から視線を逸らした。そして、いつもの笑みを浮かべて語尾を濁し、誤魔化す。

「先生は、大丈夫ですか?」
「――ああ。俺様は別に良い。神城お前は」

 平気なのか。声に出されずとも、先生が言わんとしたことは手にとるようにわかる。
 その言葉にはわざと返事をせず、ベッドから離れた椅子に座り、目を細めた。先生はこちらを訝しむように見つめている。
 ……訝しむというよりは、探ろうとしているのだろうか。その目からは、不思議と怒りが感じられない。自分の体質を理解し利用しての、半ば無理やりの行為だったのに。

「神城」
「はい?」

 問うてくる声の不機嫌さに気付かぬ振りをして、返事をする。瞬間、先生は気だるそうに前髪をかき上げて、呆れたような溜め息を吐いた。

「もういい。さっさと帰れ」
「──そうですね。今日はそうします」

 乱れた白衣を直しながら、先生は「今日は?」と苛立たしげに呟いた。こちらが言外に潜めた意味に気付いたようだ。
 半眼でこちらを睨み付けてくる先生をいつもの笑顔で往なして、先生にだけ聞こえるように言葉を紡いだ。

「先生、また明日」
「──あぁ!?」
「明日、また来ます」

 そう微笑んでから保健室の扉をくぐる。

「……発作で来んじゃねぇなら歓迎してやるよ」

 苛立ちがほんの少しだけ混じった声が耳に届いたと同時に、保健室の扉を閉めた。
 ああ、そうか。彼はあまりにも優しすぎるのだ。この何時事切れるかわからぬ人の躰を邪険にすることができないのだろう。決して愛していなくても、好いていなくても、彼身を差し出すのを厭わないのだろう。
 廊下の壁に自身の背を預け、呟いた。

「──本当に、好きなんだけどな……」

 この関係はもしかしたらこれからも続くかもしれない。けれど、彼が自分に振り向くことはないだろう。絶対にないと断言できる。
 自ら動かして変えてしまったはずなのに、何故だか強い後悔と何かが強く胸を過ぎる。
 この感情とこの気持ちを、何と名付ければ良いかなんて、知る術が無かった。





2006/04/07