甘やかなイエロー


 ――相変わらず、奴らはうるさい。
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ翠や紅輔を横目に、適当に持ってきた本に視線を落とす。
 ヒヨコに呼ばれ九州防衛機関にやってきたが、奴らがああしているならヒヨコの呼び出しの用が済まされるのは当分先になるのだろう。
 息をひとつ吐いてページを捲ると、突然白いページに影がかかった。読みにくい、と眉間に皺を寄せつつ顔を上げると、琥珀が目の前に立っている。相も変わらず、琥珀は微笑みを絶やさない。

「葵くん」

 琥珀が私を呼ぶ声は、無駄なくらいに甘たるい。その甘さが妙に癪に障るが、面倒なので顔には出さない。
 琥珀は私のその機微に気付いているような気もするが、琥珀はそれにいちいち口出ししたりはしないだろうから気には留めない。――知っていて尚甘ったるい声で私の名を呼ぶ辺り、琥珀はやはりイイ性格をしているな。
 はあ。溜息を一つ吐いて、すぐ目の前にある琥珀の肩を押す。

「本が読みにくい。退け」
「それは聞けませんね」

 琥珀は微笑んだ表情を変えることなく、私の膝にやんわり手を伸ばす。その手の動く先を、胡乱に視線で追うと、琥珀の手は本の表紙に触れ、そのまま本をぱたりと閉じてしまった。
 思わず眉間に皺を寄せて琥珀を見上げれば、琥珀は「大丈夫です、栞を挟みましたから」と(わざとらしいほどに)見当外れなことを言う。
 文句を言おうかとも思ったが、琥珀に対して口で勝とうとするのも面倒だった。琥珀には通用しないだろうが、嫌味がてらこれ見よがしな溜息を一つ吐く。やはり琥珀はそれを気にした風もなく、私の前で柔和な笑みを絶やさない。

「琥珀」

 溜息混じりに名を呼べば、琥珀は意外そうに目を瞬かせる。そして、ぱちくりと丸くなった琥珀の目が、柔らかく細められた。

「もっと愛を込めて呼んでください、葵くん」

 囁くように、琥珀が言う。やはり妙なほどに甘ったるい響きだ。私を見つめる琥珀のアメジストの瞳からは僅かな熱が見え隠れしている――ような気がした。

「……戯れるな」

 目を伏せ、琥珀の視線から逃れる。しかしこれは一時的に過ぎない。わかっている、逃げ切れずに終わる自身の姿も容易に想像がつく。琥珀のこの甘たるい視線と呼び方から逃げ切るのは今のままでは確実に無理だろう。
 琥珀がソファの隣に腰掛ける。ソファが軋みを上げる。
 逃げたいのか、落ちてしまいたいのか――私自身の感情すら、汚泥に沈んで見当たらなかった。





write:2011/11/04
up:2011/11/05