既知の別れ


 閉じて現実から逃げようとしだした目を一喝して、わたしは青いサーヴァントの最期を見つめた。すうっと薄れて行く彼の気配。――綺礼に「自害しろ」と令呪で命ぜられ、抗えずに胸を槍で貫いた彼に掛けるべき声が出せない。

「……ランサー」

 しゃがんで、既に半分以上がここから消えかけている槍兵を呼ぶ。彼の紅い目は、わたしを真っ直ぐに見上げてくれた。

「いいえ。――クーフーリン」

 意外そうに、そして驚いたように目を丸くするランサーに、わたしは泣きそうになるのを必死に堪えて笑って見せた。ぐしゃぐしゃで、きっと見れたものじゃないけれど、でも、これは私の精一杯。
 そっと彼の頬に指先を触れて、私は呟くように言った。

「わたし、あなたのこと嫌いじゃなかった」

 ランサーの目がふっと細められる。それはまるで、消える寸前最後の動作のように見えて、優しい動作のはずなのに怖いとすら思った。

「……そりゃ光栄だな、嬢ちゃん」

 ランサーの指がわたしの目尻に浮かんだ涙をぬぐおうと私の頬に触れた。――いや、違う。触れるか触れないか、その寸でのところで彼の姿は掻き消えて、亡くなってしまった。
 わかってはいった。きっと、絶対にそうなるであろうことは知っていた。わかってた。

「嘘。本当は」

 頬を通って、ぽたりと涙が落ちる。床の色がほんの少し濃くなって、小さな水たまりができていく。
 わたしは魔術師なんだから。こんなことで泣いてなんかいられないのに。理解してるはずなのに、水たまりは少しずつ大きくなっていくばかりで。

「『嫌いじゃない』としか言えなかったけれど」

 きゅうと咽喉が痛む。視界がぼんやりとぼやけていく。

「わたし、あなたが好きだった」

 握り締めた手が、あまりに強い力で白くなっていた。





write:2006/04/25(rewrite:2008/11/01)
up:2008/11/15