てのひらに触れる、その
お題:「眼鏡をうばう月影」
かすかな身じろぎの音を聞き咎めるように、意識がぼんやりと浮上する。薄く目を開けば、暗い部屋に細くて長い光が差し込んでいるのに気がついた。そちらに目をやれば、ちょうど月島が廊下へと出ていくのが見えた。あいつの起きる音で目が覚めたのか? と考えている内に、月島はするすると戸を閉め、差し込んでいた光も途切れてしまった。 山口を挟んだ二つ隣の布団に視線を向ける。空っぽだ。几帳面にも布団が軽く整えられている。 寝入るときは練習の疲れもあって全く意識していなかったが、落ち着いて考えてみると、好きな奴(それと同じくらいムカつく奴でもあるが)と同じ部屋で寝る、というのは結構凄いことのような気がする。うわ、なんか今更どきどきしてきた。少しだけ、目じりが熱い。 ……月島、早く戻って来ねえかな。 考えながら瞼を閉じ、体温が移ってぬるくなった布団の中で寝返りを打った。 しかし、待てど暮らせど意識が眠りに傾こうとしない。体感としてはもう25分くらいは横になっている気がする。明日だって勿論練習があるのだから早いところ寝てしまいたいのに、眠気が沸く気配もない。羊か、羊数えればいいのか。 そういえば、さっき大部屋から出て行ったきり、月島が戻ってきていない。どこ行ったんだろうか。ていうか何してるんだろう。今起きてる俺が言うのもなんだが、寝ないと明日の練習でバテるのは目に見えている。 導かれるようにのろのろと布団から這い出て、成る丈物音を立てないように大部屋から出た。月島、どこにいるんだろ。考えながら、廊下を歩く。――もしかしたら、無意識が月島が戻るのを待ってたから眠気が来なかったのかもしれない、と、ぼんやりと思った。 月明かりが差す薄暗い廊下の角の向こうに自販機のぼんやりとした光が見えて、何となくそちらに歩みを進める。ぺたり。裸足の足音が、静まった廊下に響いた。そのまま角を曲がると、「王様?」会ってから一ヶ月という短い期間で聞きなれてしまった声が聞こえた。 「何してるの王様、こんな夜中に」 気怠げな問いかけの方へ足を向ける。 探していた相手は、長い手足をだらりと投げ出してベンチに背を預けて座っていた。薄暗くはあったが、自販機の光に照らされているから表情が読めないということもない。俺を見上げる月島は如何にも面倒くさそうな表情をしている。ベンチから立ち上がる素振りも見せない。 「それは俺のセリフだろ。寝ろよ、明日も練習だぞ」 「知ってる」 でも無理。よく寝てられるよね、あんな場所で。 月島の溜息まじりの言葉に、内心首を傾げる。人が多いと寝れないってことか? 「月島って意外と繊細なんだな」 「単細胞と比べれば誰だって繊細だよ」 単細胞? 単細胞ってなんだ、と思いつつも、そこではなく別のことを尋ねた。 「じゃあここで寝るつもりだったのか?」 「まさか。体ギシギシになってそれこそ練習にならないデショ」 「だったらこんなとこで何してんだよ」 いくら寝られなくても、座り心地が然程良くないベンチに座っているよりかは、布団で横になっていた方がまだ疲れが取れる気がする。 「別に何もしてないよ。敢えて言うなら眠くなるの待ってる」 眠くなるか明け方になるかしたら戻るよ。王様は朝早く起きて走るんでしょ、僕に構わず寝なよ。 ひらり、月島のデカい手(身長もだが、やっぱこいつはすげー恵まれた体格してるよな)が犬を追い払うみたいに揺れて、まるで自然な仕草で視線が外された。その仕草に思わずむっときて、ずかずかと大股で月島に近寄る。 なに王様、まだ何か用でもあるの。 月島の言葉を丸ごと無視してベンチの隣に腰掛け、そのまま黒縁の眼鏡に腕を伸ばす。指先が蝶番の辺りに触れるか触れないかの寸でのところで、月島の手に阻まれた。 「ちょっと王様、何」 「それ外せ」 「はあ?」 「そんなんしてっから目が冴えるんだろ、外せ」 「……君は眼鏡を何だと思ってるの」 月島をじっとねめつける。月島も月島で俺を細めた目で睨むように見ていたが、不意に「はあ」と肩を竦めて息を吐くと、目を伏せた。 月島の長い指がテンプルをゆるく摘み、黒のフレームをゆっくりと外す。投げやりな割に丁寧な所作。眼鏡のテンプルを畳みながら告げられた「これでいいの、王様」なんて上から目線の言葉、それに紛れて漏れた息に思わずどきりとする。 ――なんか、キスする前みたいだ。 ぼんやりとした思考に意識が追いついたその瞬間、全身が茹るように熱くなる。一瞬で、耳どころか頬や首まで火照った。うわ、やばい、恥ずかしい。スゲー恥ずかしい。 月島の伏せられていた視線が上がりかける。ヤバい見られるバレる。意外と長い睫毛が上向いて、月島の視界に俺の顔が入るよりも早く――右手で、月島の両目をふさいだ。 「王様? 次は何、これ」 驚きまじりの月島の声は余所に、間一髪だった、と内心で安堵の息を漏らす。 月島がまばたきをするたびにてのひらに睫毛が触れて、その感触にもどきりと心臓が跳ねた。 「見んな」 「見えないよ。何これって聞いてんの」 月島の平然とした声色に、なんだか俺ばかりどきどきして不公平じゃねーかこれ、とむかむかとする感情が浮かんできた。 「……見んなよ」 月島の目を隠したままさらに身を寄せて、その薄い唇にキスをする。 ――なあ、月島。おまえもどきどき、したか? write:2013/06/15 update:2014/03/15 (first appearance in twitter:2013/06/29) アニメ放映前にサイトにしまって置こうと思って引っ張ってきたその1。 しかし書き終わったそのすぐ後も思ったけど、「眼鏡をうばう」というよりは「視界を奪う」「眼鏡を外すよう強要する」の方が正しいという罠。 |