ならば、その手を振り払えば良い


 獄寺の親指に掛かる力が強まった。ギリ、という絞まるような音が聞こえたような気がして、俺は多少困惑した。
 目の前で俺の首に強く指を食い込ませている獄寺の顔が霞んで見える。どんな表情をしているのかわからない。けれど、何故か俺は獄寺が泣いているのではないかと思った。

「……なんで、お前が」

 獄寺の声がした。その声が震えていて、俺は驚いた。――震えた声が、涙声にしか聞こえなかったから。

「お前が、十代目の、横に」

 突然咽喉に掛かる力が無くなって、急激に空気が流れ込んできた。その空気にごほごほと咽ていると、からん、と何かが落ちる音がした。コツン、俺の靴にそれがあたる。それを見下ろすか獄寺を見るかを脳内で天秤にかけようとしたが、かける前に俺は獄寺を見つめた。
 俺の目の前にいた獄寺は、いつもの獄寺とは違って見えた。獄寺の右腕が、だらりと、力無くたれていた。こんな獄寺なんて、見たことがなかった。その姿に、戸惑いすら憶えた。
 その戸惑いが頭をぐるぐると回っていく。それを掻き消そうと足許に視線をやる。そこには獄寺の指にいつもはめられていたごてごてしたシルバーの指輪が落ちていた。
 屈んで拾い上げ、獄寺を呼んだ。

「獄寺」

 その声で、伏せられていた獄寺の目が俺を見る。その目はいつものように噛み付くような強い目だったが、それに何故か違和感を憶えた。

「これ、良いのか?」

 ほら。そう言って差し出すと、獄寺はそれを受け取ろうとすらせずに俺の横を通り過ぎようとした。その途中で、獄寺は制服のポケットから煙草を引っ張り出し、一本取り出してから俺に言った。

「いらねえ」
「……どうしてだ? これ高そうだぞ」
「いらねえんだよ」
「いらないって言われても、どうすれば良いんだ?」
「好きにしろ。……いや、捨てとけ」

 吐き捨てて、獄寺の背が遠くなる。それが消えてから、俺は長く息を吐いた。そして、右手で持った指輪を見つめる。
 ――好きにしろ。捨てとけ。

「……」

 指輪をポケットにいれ、俺は鞄を肩に掛けなおした。
 窓の外から差し込む赤い夕日が眩しくて、俺はゆっくりと目を細めた。





2006/01/10