さよなら


 視界が赤い。左の腹部が熱い。ああクソ、慣れねえことはするもんじゃねーな。ごほ、と咳き込むと口の中に鉄の味が広がって、赤いかたまりが滑り落ちた。
 異物感が拭えない。
 はあと溜息をひとつ落とし、右手を強く握った。

「獄寺……? だ、大丈夫なのか!?」

 ああうるさいうるさい。耳元で喚くな、ウゼエ。ンな驚いた顔してんじゃねえよ。

「俺、を庇ったからだろ!? 大丈夫か!?」
「……わかってんなら黙れ。見つかったら、元も子もねェだろ」

 上手く声を出せない口をむりやりに動かし、腹に力を込め言葉を吐き出す。いつもだったら張り上げんばかりの大声が出るほどの力を込めたはずなのに、消え入りそうな音しか出せなかった。声を出そうと腹部に込めた力の所為か、また赤が滲み出した。
 紅色が巣食う視界にかかる白いフィルター。目の前の不安そうな男の顔すら、もう薄らとしか見えなくなっていた。

「おい」
「なん、だ……?」

 聞いたこともないような不安げな声に寒気すら憶える。お前はそんな柄じゃねえだろ。不気味だとすら思ってしまう。だが、こんなことを考える余裕があるのかと思わず笑いが浮かぶ気がした。

「……お前は、生きろよ」

 ぎり、と奥歯を噛んだ。
 本当は、生きて十代目の隣りに存在していたい。命を落とすのなら、こいつのためではなく十代目の為に落としたかった。けれど、俺の目の前でこいつが死ぬのは、何故かどうにも絶えられねえことだった。

「な、何言ってんだ! 獄寺も生き」
「……喚くな。黙ってろ」

 ふうと息を吐く。空気を吸い込むと、自分ではない『何か』が自分の中を満たしていった。
 ゆっくり口を動かす。目の前の情けねえやつに対して、何か言ってやろうとしたのだが、結局何も言わなかった。言えなかった。いや、声に出したつもりだったが、音にならなかった。

「獄寺!? オイ、獄寺!」

 ああもう、喚くなっつたろが。うるせーんだよ。眠れないだろ。
 騒がしさの原因の顔がもう見えない。すんなりとまぶたが落ちた。ぽた、と頬のあたりに暖かいものが落ちたが、それが何か理解することはできなかった。

 ――Addio, carissima.
 じゃあな、……武。お前のこと、嫌いじゃなかったぜ。





2006/02/28