■ 遠くもないちょっとした昔 ■ 府内西丸ですよ。






「府内くん。そこで止まってるけど、わかんないの?」


 の声が、俺の脳に染みこんだ。
 左胸のあたりが何故かちくりと痛む。――どうして? ちくりとしただけだったはずの痛みは、じわじわじくじく広がっていく。胸の奥が痛い。


「――ああ」
「教えてあげよーか?」
「ん、頼む」
「はいはーい。あー、これはこの式をx=の形にするために移項してー」


 響く声が、また脳に身体にと染みこんでくる。柔らかくて砂糖菓子みたいな声が、じわじわ俺を浸食していく。
 俺の目の前に広がるノートに、がゆっくりと数式を書いていく。それを見ている振りをしながら、俺はの指先を見つめた。
 ピンク色の爪。マニキュアとかは塗ってない、健康的な爪。あと、白い肌。「肌が弱いから日に焼けてもすぐに色が戻るんだよねー。役得?」とが笑いながら言っていたのを思い出す。

 じくりじくりと痛む左胸。この痛みの訳は、何だろう? 何故いちいち左胸? 心臓は感覚だかがないから傷みなんかしないんだと何かで見たことがある。じゃあ感覚的に痛むだけ、なのだろうか。この胸の痛いのは、どうしてだろう。


「府内くん?」


 脳に、何かが走った。
 ぴんと、痛みの正体を悟った。――この痛みは、俺がこれからにすることへの謝罪であり懺悔であり、この関係を打破するということに対する恐怖だ。



「え?」


 ぐい、と彼女の右腕を引く。バランスを崩したの唇に、自身の唇を掠めた。





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(時期は中学時代をイメージしてます)