目の前で、は苦しげに息を荒げている。何がをこんな風にしたのか考えるけれどわからない。何も出来ない自分に対して、言いようのない怒りを感じる。彼女の顔は苦悶に歪み、蒼白かった。今にも倒れてしまいそうだ、と思うくらい弱々しい。
倒れまいとしているのか、ぎゅう、と俺のワイシャツを掴んでいる指先すら弱々しく見える。
――誰かを呼ぶ? いや、保健室に連れて行くべきか? つーか、って体弱かったのか……?
一瞬思考を巡らし、保健室に連れて行くべきだろうと判断し、の顔を覗いて、小さく問う。未だ息は苦しげだった。
「――保健室連れてくけど。歩ける?」
「……い、い」
右手で胸を掻き抱きながら、は首を振る。途切れ途切れの声に、胸が痛んだ。しかし、俺はの返答に納得が行かず、思わず声を張り上げそうになる。
「良いってどういうこと」
「保健室……に、は、行きたく、ない」
「そんな苦しそうにしてる人が言う台詞じゃないだろ。問答無用」
の細っこい体を抱き上げる。抵抗しようとしたのか、の腕が強張った。俺にとっては大した抵抗にもならなかったけれど。予想以上に軽すぎる身体に眩暈にも似たものを感じながら、俺はに声を掛ける。
「……行くよ」
「お、願い……オオゴトには、したく、ないの」
は、俺の腕の中で小さく頭を振って、そう言った。弱々しく俺のワイシャツの袖をつかんで、切れ切れな震える吐息で、苦しさゆえの生理的な涙を浮かべた顔で俺を見上げて――。
「ちょっと、待て、ば、治るから、だから」
ぜぇぜぇと息を荒げるの体と、大丈夫だというの意思を天秤にかける。――は嘘を言う人ではない。少し無理をするきらいがあるが、本当に無理そうなら問答無用で連れて行けばいい。大丈夫、だろう。
脳内でそう結論付け、俺はの体を下ろし、楽な姿勢にしてやった。
「……俺からみて無理そうだったら、保健室連れくから」
「――あ、りがと……」
酷く弱々しい笑顔を、は見せた。
+ + + +
「……ごめんね、ありがとう」
が、俺に礼と謝罪をしてくる。少し不安げに覗いてくるのは、やはり俺が不機嫌そうな顔をしているからだろう(自覚はある)。
俺はを見つめて、ゆっくりと声を紡ぐ。
「あれ、何だったの」
「――発作、だよ」
はぽつりと呟いた。
「あのね、私ね、一年ダブってるんだ」
「……へー……って、はぁ!?」
一瞬流しかけたが、とんでもない事実を聞いた。が一つ年上という信じ難い事実が、突然、降って沸いてきた。あまりの驚きに何の反応もできないでいると、が苦笑しながら、聞いてきた。
「信じらんない?」
「そりゃ……」
「まあ、そうだろうね。はい、これ証拠」
胸ポケットから生徒手帳を取り出して、ひょいと手渡された。それを受け取って、手帳を開く。挟まってた身分証明書に書かれたの生年月日は、紛うことなく俺の一年前。
驚きやらなんやらで、何も言えず何も反応できずにいると、は俺の手から生徒手帳をぱっと取り去り、また胸ポケットへとそれを戻す。俺はその流れをぼんやり見てるだけ。
「去年、結構休んだんだよねー。入院してて」
そんな俺を知ってか知らずか、は咽喉というかに手を当てて、「ここが悪くてね。まあ、今もだけど」と開けっ広げに言った。今の出来事でそういう言葉が出るだろうことは想像していたけれど、本当は信じられなかった。――いつものからは、想像もつかなかった。
「激しい運動を控えさえすれば、日常生活に支障もないはずだったんだけどねー」
「でも、今の――」
「ん、今日のはちょっと自分のミス。埃駄目なのに、風邪強い日にこーんな場所でサボったツケ」
やっぱ、授業をサボるのは駄目ってことだね。自業自得ってやつ。はそう言うと、少しだけ悲しげな目で笑った。俺は、何を言えばいいのかわからないまま、をじっと見つめていた。
「ごめんね、妙なもの見せて。聞いてて、気分のいい話じゃなかったでしょ?」
眉を八の字に顰めて、が呟くように言った。俺は慌てて、「いや、別に」と、少し歯切れ悪い言葉を紡ぎだした。
そんな俺の言葉には一瞬目をまばたかせたが、顔を苦笑の形にゆがませた。そして、「阿部は優しいね」と、小さな声で言った。何故か、なきそうな声だ、と思った。
「――は、俺に話してくれたから」
「……阿部?」
「そりゃ、が辛い思いしてたっつーのは嫌な話だけど。は俺に教えてくれたから。……何て言うか、ほら」
あまりにボキャブラリーが貧困すぎて、言葉にして伝えられない自分が歯痒い。何か自分の言いたいことを伝えられる良い言葉はないか、脳内データベースでサーチするけれど、出てこない。言葉が見つからなくて、間投詞で無理矢理言葉を続けていると、がくす、と笑った。
「――阿部」
「……」
「ありがと」
そう言って笑ったは、使い古された言葉しか思いつかないくらい――綺麗、だった。
ヒミツ共有
あなたの秘密が、俺の中で大きくなる。
2006/08/02