「……」

 無言が痛い。っていうか、視線が、痛い。部室の片付けをしている私の行動を、ひとつも取りこぼさないようにでもしているのか、阿部の視線が絡みつく。視線がちくちく刺さる。うう。なんて居心地悪い空間を作り出してくれるの、阿部めが。何がしたいのかしら、阿部は。ま、別に良いか。阿部がどうしようと阿部の勝手。私には関係ない。どれだけ居心地悪かろうが――。
 そこまで考えて、ふうと息を吐く。棚の上に置いてあるスコアブックに手を伸ばす。――届かない。背伸びをしてみる。それでもやっぱり届かない。千代ちゃんならギリギリ届くのかな。私は千代ちゃんより低いからなあ……。背が低いのは、マイナスばかりだ。

「――んぅ」

 限界ぎりぎりまで背伸び。震える足で限界ぎりぎりの先っぽで爪先立ちをしたところで、やっと指先がスコアブックの下辺りに触れる。触れる、といっても掠る程度。
 自分の身長の低さに嫌気がさして、パイプ椅子を取りに行こうと振り返ると、とすんとさっきまではなかったはずの壁に当たった。――壁、と言っても柔らかくって、コンクリートとか木のような固い痛みはなかったのだけど。

「まったく――、どれ?」
「え?」
「……何時の取りたいの」
「え、あ、えーと、この間の練習試合のやつ」

 阿部は私の後ろからひょいと腕を伸ばすと、私が取ろう取ろうと必死になっていたスコアブックをいとも簡単に手に取った。私とは、あまりに違う身長。しっかりした体。いくら捕手の割りに細身だといっても、ここにあるのは男女の差。阿部はちゃんとした、――たくましい、『男の人』の身体を持っていた。

「ドーゾ」
「……ん、ありがとう、阿部」

 スコアブックを受け取って、移動しようとする。けれど、阿部はそこから動く気はないらしく、私は阿部と棚のあいだに挟まれたまま。

「阿部?」

 顔の左右、棚に阿部の手がついた。阿部と棚に、閉じ込められる。


「なに?」
「もしかして、誘ってた?」
「……はぁっ!? と、唐突に何!?」

 慌てて問うと、阿部はくつくつと笑って、私の耳元に口を寄せる。阿部の息遣いが、すぐ近くで感じられて、頭がわく。ちゅ、と唇の音が、響いた。




絡む視線の先

あなたがなすこと、全てメモライズ。



2006/08/02