「もーやだぁ……あっついー」

 隆也の部屋にある一人掛けソファー(ほとんど私専用になってる。私の部屋にも、ほぼ隆也専用のクッションあるし)の上にだらしなく背中を預けて、うめく。もう何度目かわからないくらいたくさん呟いた言葉に、隆也が眉をしかめて振り返る。言わなくたってわかってんだから言うんじゃねえ、って視線が言ってる。それでも、暑いものは暑いんだもの。仕方ないじゃない。

「ねぇ、隆也ー、クーラーの設定温度も少し低くしてもいいー?」
「身体に悪ぃからダメ」

 まあね、そうだろうと思ったよ。外気温との温度差-5をキープして、健康というか――身体を壊さないように気を付けてる隆也が許可出してくれるとは思わなかったよ。
 西浦に行って、というか、ピッチャーの三橋くんと会って、隆也は変わったと思う。シニアで野球やってたときは、傷だらけだわ痣だらけだわで見てて痛々しかったけど、今はそんなことない。今の隆也は三橋くんにいっぱい尽くしてるけど、あのころの隆也が榛名さんに尽くすなんて、ぶっちゃけた話ありえなかったと思う。喧嘩ばっかしてたみたいだし。まあ、今も意思疎通が満足にできてないらしいけど。クラスメイトの泉くんから、こっそり聞いた。

「うぅ……隆也のけち」
「ケチとは何だ」
「けちはけちー」

 隆也が三橋くんの投げる試合で全部キャッチやるため、と知ってはいても。――やっぱり、暑いもんは暑い。そろそろ言語中枢イカレるかも知れない、なんて思っちゃう程度に暑い。

「暑い暑いあついあーつーいー!」
「うるさい。つーか、宿題やりに来たんじゃないのか」
「こう暑くちゃやる気もおきませんー! それに今日のノルマはもう終わりましたー……」

 その言葉に、隆也が目をまるくした。へん。ちょっといい気味。

「……何だかんだ言って、やること早いな、は。見た目に合わず」
「お褒めに与りコーエイです」

 隆也の感心してるのかちょっと馬鹿にしてるのかわかんない言葉には、適当に返事をしておいた。……それにしても、あまりの暑さに殺されてしまいそうだ。
 隆也がはあ、と溜め息をつく。私の言動に呆れた? と思っていると、隆也はがたんと音を立てて立ち上がった。ぼんやりそれを見つめる。「どしたの?」と聞いたけど、隆也は扉を開けかけたとこで振り返って、何も言わないで出て行った。

「……いってらっさーい」

 ひらひらと心成しか重い気がする手を振っておいた。
 今の隙にちょっと温度下げちゃおうかなーとか思っちゃったけど、隆也が野球を楽しめてるって事実に免じて、この暑さを享受していてあげましょう。

「あーもう、汗かいてるよう」

 隆也もいないし、ばたばたと服の裾を扇いで、衣服の中に気流を作る。部屋は十二分に暑いけれど、まあ、風ができてそれなりに涼しい気もする。ほんの少し、楽ーになった気分。気分だけだけど。気温の変化は大してない。
 部屋の主がいないのを良いことに、ばっさばっさと豪快に服の中に風を送ってると、後ろから、呆れたような声が下りてきた。

、お前俺がいないからって女捨てんなよ」
「あ、おかえりー隆也。はやかったね」

 隆也の声がしたほうに視線を動かすと、隆也は呆れたようにひとつ息を吐いて、何かすっごくひんやりした心地良いものを、私の首筋にぺたりとくっつけた。

「ひゃ……つべたい」
「暑かったんだろ? ちょうど良いじゃん」
「わー、隆也さまありがとー!」

 首筋にくっつけられた冷えた缶を手に取りながら言う。隆也は「現金な奴」と、笑いながら(お、めずらしく馬鹿にした笑い方じゃない)言って、小さなテーブルの向かいに座って、缶ジュースをぐっと煽った。
 私も、隆也の優しさに心の底から感謝しながら、缶のプルタブをおこして、冷たくて甘いジュースを一気に咽喉に流し込んだ。




ソファー

あなたの優しさに包まれるよ。



2006/08/07