私の幼馴染は、阿部隆也という名前の高校生です。
奴はタレ目です。にぃ、と、すごく嫌らしく笑います。ついでにいうとちょっと腹黒いです。野球に関することになると更に策略家になります。でも、純情です。純情パインは関係ないけど、純情です。感情が高ぶると泣いたりもします(可愛らしい)。
目付きの悪さでか、女の子から一線置かれて、遠くから見つめられる方が多いらしいです。『ストイックで素敵!』とか言われてます。でも、奴が単なるムッツリだということを私は知っています(好きなジャンルは女子高生ものみたい。先日奴の部屋を家捜しした際に見つけたエロ本から想像しただけだけどね)。奴の何処が良いのかわかりませんが、聖バレンチヌスさんが亡くなった日には、結構チョコをもらってきます(しかし甘い物が嫌いな奴はそのチョコの処理を私に押しつけてくる。美味しくて幸せなんで、皆さん、どしどしチョコをあげてくださいな!)。
そんな奴は今、私のクラスメイトの一部から、ホモ疑惑を吹っ掛けられてます(可哀想に!)。
「阿部くんは、絶対九組の三橋くんとできてるから!」
「そんなことない! 阿部くんはホモなんかじゃない!」
そんな声で言わなくても聞こえるから、少し押さえてくださいな、お嬢さんたち。
ことの起こりは、お昼休みの昼食中。わがクラスメイトAさん(仮名)が、『さんって、阿部くんの幼馴染なんでしょ? 色々教えてよー』と私に尋ねたのですよ。飲み込んでから答えようと、卵焼きを咀嚼していましたら、何を思ったか、一緒に食事をしていた友人A(やっぱり仮名)が、『阿部くんはホモだから止めときなよ』と言い出したのです(私は卵焼きを噴き出しそうになりました)。で、クラスメイトの女子を巻き込んで、『七組の阿部はホモか否か』の論戦が、私の席のすぐ前にて大勃発した次第です。……はい、回想終わり!
興味のない私といいますか、まあ、答え(阿部隆也=ムッツリ且つ女子高生フェチ)を知ってる私にしてみれば、こんな意味を成さない論戦、見てるのも正直つまらないわけで。女子みなさまの意見をぼんやり聞き流しながら、すぅ、と視線を教室中に動かして暇潰しを開始。
──あわわ、同中出身で野球部の栄口くんがお腹抱えてらっしゃる……。笑ってる? それとも神経性の腹痛の方? どっちにしろ、隆也の耳に入るのも時間の問題なんだろう……。考えただけでブルーだ。
「時間の問題どころじゃねーよ」
「ああ、やっぱりそう思う? カウントダウンは分刻みぐらいかなぁ……?」
「いや、今秒読み終わる」
「そりゃまた、きけ……ん?」
次は顔が引きつってますよ、栄口くん。隣りでお昼してる巣山くんと一緒に、心霊にでも会ったのかってお顔をしてますよ。その栄口くんがそうっと、何処か、指を指されました。私は何か嫌な予感がして、その示した方に視線を向け──。
「た……っ隆也っ、わ、ひ、え!? い、いつからそこに!?」
「お前の友達が『阿部くんは絶対九組の三橋くんとできてるから!』って言ってたあたり」
一組から、音が消え失せた。
「……よく、耐えたね」
「、後でタコ殴りな」
「なにゆえ私を」
「名前も知らねぇ女片っ端から殴れってか?」
「ごめんなさい失言でしたでも殴られるのは痛くてヤなんで何か他のことをお願いします何でもしますから」
「その言葉忘れんなよ」
クラスメイトの女子のみなさまは議題だった阿部隆也の登場で、何もできずにぴたりと止まってしまった。えぇ、その気持ちは、痛いほど察します。
「言っとくけど。俺は三橋なんか好きじゃねぇし、ましてやホモじゃないぞ」
「……知ってるよ」
「お前に言ってんじゃねえから」
ぽか、と、隆也の持っていたもので叩かれた。そう痛くはなかったから、別に良いけど。
硬直状態から解けたのか、クラスメイトのAさん(仮名)が、隆也をじっと見据えて、質問を紡いだ。──確か、この論戦を開始するきっかけになった質問を私にした娘。
「阿部くんは、ちゃんと、女の子が好きなの?」
「ああ」
女子勢がほっとしたように息を吐いた。ホモだなんだ言ってた子たちも安心したような顔だ。……少し、面白い。
「──ま、今も昔もこいつだけ、だけど」
こつん、と。頭に柔らかーく隆也の手がおりてきた。え? と見上げるのとほぼ同時に、隆也は
「、オーラル貸して」
とだけ言った。いまいち事態を飲み込めてない私は「へ? あ、はい」とオーラルの教科書を隆也に手渡した。
隆也は「今日の放課後、野球部見てけよ」と言い残して(私にしか聞こえないように言いましたよ奴は!)、一組から出て行った。けれど、次こそ、一組に音は戻りませんでした。
教えて下さい、神様仏様、栄口さま。あの、今のって、告白だと思って良いんですか?
「ごめん、俺トイレ……」
そんな! 殺生な!
呼ばれて飛び出た悲劇
いや、俺だって今言う気はなかったけど。売り言葉に買い言葉っていうか、思わず。
2006/08/17