遠くから運動部の掛け声みたいなのが聞こえてくる水曜日の放課後。学校の窓の四角が切り取ったまっさらな青い蒼ーい空が見える。それを視界の端っこに捉えながら、目の前で立て板に水の如く言葉をつらつら並べる幼馴染の言葉に耳を傾けてやる。
「と、いうわけでね。つい先程、一年七組、満十五歳は、振られました!」
俺が振られたわけでもないのに、何でか胸がひりひり痛いし、泣きたいわけでもないのに目頭は熱いし、聞きたくもない話を聞かされて気分は最悪だしで、もうぐちゃぐちゃだ。
そんな感情を覆い隠そうと、「誰に?」とだけ、ぶっきらぼうに問うた。
「誰にって。……梓ってばひどいこと聞くんだね。あーもう、予想してるとおり! てか聞かなくてもわかってんでしょ? 彼氏です。彼氏に振られたんです。三ヶ月ほどお付き合いをした、サッカー部の彼――もう元彼っていったほうが正しいのか――に振られちゃいました。
……あ、そっか、私、梓にはあの人の名前言ってなかったんだっけ。――名前はまあ、オフレコってことで。もう、私には関係ない人になっちゃったしね。それに、私まだ立ち直りきれてないから。名前は勘弁して。
私もね、『あ、もしかして私、少し蔑ろにされてる?』って薄っすら気付いてたんだよ? けどね、これを乗り越えて私たちもっと強い絆で結ばれるんだよねって、思ってたの。……ちょっと、楽観的だったのかな。思ってた矢先に『俺たち、別れないか?』って言われて。何か言おうと思ったけど、何かもう泣きそうで何も言えなくて。ああもうひどい! 何がひどいって、こんな晴れ渡った素敵な日に別れ話をするあの人がだよ……。そんなに気持ち離れてるって、気付けなかった自分も充分酷いけど、さ。
私、まだ好きなんだよ。ちゃんと好きなのに――」
は机に突っ伏して、はあ、と息を吐いた。適当な相槌しか打ってないのに、よくまあこんなにも話し続けるな、と別なベクトルで少し感心する。けれど、が本気だったのは知っていたから。だから、茶化すことなく、俺はの言葉をひたすらに聞いてやることしかできない。
「あの人にね、『、本当に俺のこと好きなのかわかんないし』って言われたの。あれ、すっごいショックだったの。――こんなに好きなのに、私の想いとか気持ちとか、丸ごと全部、全然伝わってなかったんだなあって。……すごい、悔しかったの」
そこまで言ったは、ほろりと。たった一筋だけ、涙をながした。
何かを言って慰めてやるべきなんだろうけれど、俺はいい言葉が見つけられなかった。の言葉を聞いている俺は、内面がすごいぐちゃぐちゃだった。の気持ちに気付かない、名も知らぬ相手に、言いようのない憤りと、妬みのような感情が湧く。その感情の理由がわからなくて、俺は内心で首を傾げた。
「ごめ、泣くつもりなかったんだけど」
慌てて涙を拭おうとするの手を掴んで止める。
「……あ、ずさ?」
「泣きたいなら、泣いとけ」
じい、と、見慣れた顔が俺を見上げる。生まれた時から一緒だったのではないかと錯覚するほどに長い時間を共にした幼馴染――今のこの関係はそうでしかない――の深いこげ茶色の瞳が、見る間に滲んでゆく。
――ああ、そうか。やっと理解した。俺はが好きだったんだ。――いや、違う。「好き」なんだ。今も昔も変わらずに、ずっと。
ぽろぽろと泣き出したの、自分のそれと比べるとあまりに細い肩をそっと抱きしめて、「今だけ、今だけ貸してやるから」と、自分に言い訳するように言う。は俺の行動に拒否も抵抗もしないで、ただ
「あず……あり、が、と」
と、涙声で言っただけだった。
今にも壊れそうなの体を抱きしめながら、そっと窓の外に視線をやる。四角が切り取った青空は、いつのまにか、キャラメルになっていた。
切り取った空はキャラメル色
自分の想いには気付いたけれど、弱味に付け込むことができず、俺はただ抱きしめるだけ。
2006/08/04