背中、というべきか、後ろ、というべきか。とりあえず、私の背が寄りかかったことによって、ロッカーの扉から、金属が軋む音がした。
 がたん、と音がする。私の動きを制限するかのように、目の前の花井くんは両腕を私の顔の横に置いて、まっすぐ私を見下ろしている。じいっと、高いところから、私を見つめてる。私の為す事、全てを見咎めようとでもしてるかのように。その視線が、どうにも居心地悪くて、私は身を揺すった。

「……

 花井くんの唇が、私の耳元に寄せられる。そして、低い声で囁いた。ぞくり。何かが背筋を走っていった。――それが何なのか、今の私には、到底わからなかったけれども。
 指――花井くんのささくれだった頑張っている人の指が、私の頬っぺたをすっと撫でる。私は、震える声で花井くんの名前を呼んだ。

「花井、くん」

 がくり、と、膝から力が抜けそうになるのを、必死に堪えた。花井くんのまっすぐな目から視線を逸らしたくなるのも、堪えた。
 自分が抱いてる想いを、知られたくなくて、私はじっと花井くんの目に真っ向から対決した。

「……お前、今の状況、わかるか」

 疑問符のない、確定じみた聞き方だった。私がわかっていることを前提に問い掛けてきたのだろうけれど、残念ながら、私は、花井くんが何を差して『今の状況』と言っているのかわからなかった。

「――どの?」
「他の部員は既に帰宅済み、部室にふたりっきり――ここまで言っても?」

 気付こうとしてる自分と、「そんなわけない」と一蹴している自分が、いる。返事をしようと口を開いた瞬間、声は、声ではなく吐息となって零れた。唐突に、塞がれたのだ。

「ん、……っ」

 触れるだけ、ではない、深くまで奪い去るような、キスだった。口の中を動き回ってく舌に惑わされてか、私は思考が全然働かなくなった。頭が、考えるということを放棄した。空気が足りなくて、意識が途切れてしまいそうだ。
 私は、立っているのすら辛くなって、ぎゅう、と花井くんカッターシャツを握りしめた。皺が付いてしまうから止めなくちゃ、とか、そんなこと全然考えられなくて。ただただ、私は、花井くんを受け入れていた。

「――、

 呼ばれたのは苗字じゃなくて、名前だった。
 花井くんの唇が、離れる。繋がっていた銀にも見える糸が、ぷちりと切れるのが見えて、ひどく恥ずかしいと思った。

「俺も、男だから」

 熱っぽい声が、囁く。

「煽られて、さらにはお誂えな状況揃ってたら――食べちまうぞ?」

 その声の熱さが、私の脳を沸かす。私の思考も、熱を持った。




わきあがる衝動

急かされるように、奪う。



2006/08/18