「……泉くんは、狡いよ」
「ん?」
ぽそりと呟かれた言葉を聞き取ろうとしたのだろう、孝介はの顔を覗き込んだ。ソファのバネが軋み、「ぎし」と妙な音をたてる。
は、自分に体重を掛けている孝介から視線を外したままで、言葉を続ける。
「こっちがその声に弱いって知ってて使うんだもん。策士だよ、絶対」
「何言ってんの? だって、十分ずるい」
「え? どうして」
はその言葉が意外だったのか、外していた視線を孝介のほうへと向けて、問い掛けた。じっと、まっすぐに目を見つめて。
一瞬驚いたような表情を浮かべたが、孝介はすぐに表情を取り繕って、大仰な溜息を吐き出す。
その如何にも呆れたといわんばかりの孝介の反応に、はむ、と眉を顰めた。
「そういう行動が。俺を煽ってるって知らない振りし続けてるんでしょ?」
ぎし。孝介の右手の位置がずらされるのと同時に、またソファの軋む音がした。
「──い、ずみくん?」
「少し危機感持ったら? 男はみんな狼だって言うだろ」
まるで窘めるかのような目でを一瞥して、耳朶に唇を寄せ囁いた後、かぷりと音を立てて耳朶を優しく甘く噛んだ。
「……、ねえ、泉くん。それってわざと?」
その問いに、孝介は目を丸くした。――丸くした、というよりも、言葉の意図がわからなくて目をまばたかせたといったほうが正しいだろうか。
ゆっくりと耳から顔を離して、の目を真っ直ぐ見つめた。
「何が?」
「……泉くんだって、男の人じゃん」
の言葉に、孝介はまた目を丸くした。そして、にやり笑うと、ひとこと呟いた。
「そうだよ? ――ま、狼になるのはに対してだけだけど」
ちくりと、の首筋に痛みがはしった。白い肌に赫い華が咲く。痛々しいほどに狂おしい、契約の痕跡。それはまるで互いの感情のしるしのようにも見えた。
孝介は、自身の指が辿る肌に、僅かな懺悔にも似た強い劣情を抱いて、混濁した深い暗い海に堕ちていく。
融けて溶けて解けて、まじってく。
深い水の底へ
あなたと一緒に、泡沫となって。
2006/11/13*シュカ
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