「あ、えと、あの……、さ、ん」
私のクラスメイトで、先日の席替えでとなりになった三橋(野球部で、ピッチャーらしい。田島か泉から聞いた。いまいち信じれないけど)はいつもこうだ。引っ込み思案なのか、上手く話せないのか――よくわからないけれど、ひどくたどたどしい調子で言葉を紡ぐ。
「どうしたの、三橋」
「あの、消しゴム、忘れちゃって……」
貸して、くだ、さい……と、だんだんと語尾が薄れていく。三橋は顔を俯けていた。ちらりと、その三橋のつむじを見る。――借りるぐらいどうってコトないのに。私ってそんなに見た目怖いの……? と思いながら、私は筆箱の中から消しゴムを取り出した。消しゴムは常にふたつ筆箱に入れてるから、こっちはあげたってどってことない。愛用してるMONOの消しゴム。シンプルイズベスト。
「――はい。これ、あげるよ」
消しゴムを三橋の手の中に落とした。肉刺とかがいっぱいあって、かさかさしてそうな手だった。三橋のビジュアルと、この手は結びつかなかった。「野球部の背番号一、エースピッチャー」と聞いて、「なんか嘘みたい」と思ってた自分が間違いだったのか、と思う。
三橋がぱっと頭を上げてこちらを見てくる。三橋の目は、「本当に良いの?」と訊ねてきているようだ。――三橋の思ってることって、読みやすいんだなあ、なんて考える。
「別に良いよ。もう一つあるし」
机の上の隅に追いやられていた消しゴムを拾い上げて、三橋にもうひとつあると見せる。それで納得したのか、三橋は小さな声で、「あ、ごめ、あり、ありがと……ありが、と、う、」と何度も何度も礼の言葉を繰り返した。
「もう良いって。つーか、早く続き写さないと消されるよ」
「あ、」
三橋が慌ててノートに向かう。そう言った私だって、三橋と向かい合ってたから板書なんて半分くらいしかしてない。手に持ったままだったシャーペンを気合入れにくるりとまわして、ノートに文字を綴るのを再開した。がりがり書いていると、先生の間延びした声がアウグスティヌスとやらについて解説を始めた。黒板消すなよ……! と心の底で強く強く思う。その思いが通じたのか何なのか、先生は黒板の文字を一切消さなかった。
書き終わって、ほっと一息吐いたところでチャイムが鳴った。日直の『起立、礼』の号令。がやがやと、教室がうるさくなる。私は机の中に世界史の教科書を押し込んで、次の教科の教科書(数学だよ……面倒だなあ)を机の上に出す。
「あ、の! 、さん」
「んー、ああ、三橋か。どしたの」
いつのまにか私の席の正面に来ていた三橋が、ぽつぽつと喋る。三橋の頬っぺたは何故か真っ赤だ。そんなに他人と話すのが恥ずかしいのだろーか。
「え と、消しゴム、あ りがと……」
「だからもう良いってば。気にしないで」
「……それ、でも、俺 は、嬉しかったから、ありがとう」
「そう。――どういたしまして」
こうでも言っておかないと、三橋は何度もお礼を言うような気がして、私はそう言った。すると、三橋はひどく嬉しそうに、へにゃりと表情を崩した。
「……本当、に ありが と 。さん」
三橋は(ぎこちなくだったけれど)、そう言って、わらった。
紅色の頬
それが示しているのは、なあに?
2006/08/11