「もう嫌。痛い。へたくそ」
いつもの声よりほんの少しだけ掠れた声で(『あ、色っぽい』なんて思っちゃったのはヒミツ!)、は呟いた。いつもより薄暗い部屋の中でも、の肌は白くて見つけやすかった。
「こんなに痛いなんて、聞いてないよ」
「まあ、言ってないし……俺、はあんまし痛くなかったし」
軽い口調で嘯くと、に責めるような目というよりはちょっと不機嫌な目で射られてしまった。まあそうするだろうと想像はしていたけれど。
「悪魔。死神。鬼。鬼畜」
「えーと。最後のやつだけは、否定しないでおくから」
「……やだ、してよ」
「ごめん、ちょっと無理かも」
「えー」
ぽつりと心底嫌そうにうめくに、「冗談、冗談だから許して」といつものようにへらっと笑いかける。は俺のこの表情に弱くて、こうやって笑えば、いつもは「仕方ないなあ」って言ってくれるから。
俺はベッドから起き上がった。そして、脱ぎ散らかしたままのシャツを拾い上げる。奇妙に皺が寄っていたけれど、タンスから服を引っ張り出す気にはなれなくて、気にせずにそれを羽織ることにした。
にも放置されていたワイシャツを渡してあげると、そのシャツについた皺を見て、は眉間にも皺を寄せた。そしてばしばしと音を立ててシャツを引っ叩きだした。
「ちょっ、何してるの!?」
「皺、落ちないかなーって」
「いや、無理だよ諦めなよ」
「だって、こんなとこ、普通に着てたら皺なんてつかないし」
何か恥ずかしいし、と言葉を濁したに対して、思わず吹き出しそうになるのを抑えた。
「俺のワイシャツでも着」
「ぜ、絶対ヤ!」
「着たら?」と、最後まで言う前に、の声で遮られた。暗闇に慣れた目が、の真っ赤になった頬っぺたを捉える。からかいたいという衝動を脳の隅っこの方に押しやりながら、俺は言葉をひとつ投げた。
「なんで? さすがにここまですっぱり拒否されちゃうと、さすがの俺も傷つくー」
一瞬、が言葉に詰まる。そして、俺からゆっくりと視線を外して、呟くように言った。
「……だって、文貴の匂いがするから」
「ん?」
「文貴に抱きしめられてるみたいな気分になるのが恥ずかしいの! 言わせないで!」
そう早口で捲くし立て、は蒲団にもぐりこんでしまった。かくいう俺は、からの予想外の言葉で、顔が真っ赤になってしまってる。ああもう、こっちも恥ずかしくなってきた。
「、もう寝るの?」
この恥ずかしさを誤魔化そうと、もぞもぞしてる蒲団を見下ろしながら、そうっとに声をかける。
「うん。すっごい痛かったから、寝て癒そうかなって」
「……ごめん」
「冗談だから。別に良いよ」
「え?」
蒲団にもぐりこんでたが、ぴょこりと顔を出して、囁く。
「……文貴、背中痛いでしょ? ごめんね」
の言葉に、ああこれだから俺はのことが大好きなんだって、何回目かもわからない確認をした。
痛み分けの痕
首筋の赤と、背中の赤。
2006/10/04