夕食中、ルリの前。廉は緊張した面持ちで、「高校は三星じゃないところに行く」とはっきりと言った。家族だんらんの夕食の場面は、一瞬で、ほんの少し張りつめたものになったと思う。ルリは驚いたような目で廉を見てるし、廉はその目に耐え切れなくなったのか、俯いてご飯茶碗をじっと見つめている。
 私は口の中に残っていたハンバーグのかけらを飲み込んで、箸を置いた。さすがに、こんな状況になってでも食事を続けようとするほどいやしくないし、この問題は私にも関係があったから。

「……も?」
「うん」

 驚いたような顔をするルリ。叔母さんもぱちくりと目をまばたいた。俯いて、ぎゅっと手を握る廉の代わりに、私が二人をまっすぐ見て、ゆっくりと声を紡いだ。

「ここがいやになったわけじゃないんです。ただ、廉にとって、三星にいるのが辛いだけで」

 叔母さんは事情をあまり知らないから、「苛められてたのだろうか」という別ベクトルでの心配をさせてしまっているのかもしれない。あとで誤解を解いておこうと思うけれど、今はルリの対応のほうが先決。――すごい顔、してるから。

「じゃあ、何所に行くの」
「まだ決めてないけど――埼玉に戻ると思う」
「どうして!? 一緒で良いじゃない、」
「ルリとも一緒にいたいって思うよ。でも、廉は、三星から離れなきゃだめなの」

 私は、ルリの目をまっすぐ見て、言った。ルリはぐっと押し黙った。野球部での廉を知っているルリだから(しかし、ルリも、野球部内で廉が虐げられていたという事実は知らないのだと思う)、私の言わんとしてることはきっとわかると思う。

「レンレン、本当にそう思ってるの?」

 廉はこくり、と一度だけ頷いた。
 ルリはくやしそうに(少なくとも、私にはそう見えた)唇を噛むと、がたんと音を立てて立ち上がった。

「もう良いっ! もレンレンも、知らない!!」
「――ルリ、」
「あ、……」

 しんとした、一瞬の静寂。ルリは、走って部屋へと入ってしまった。私と廉は顔を見合わせて、気まずそうに頷きあった。けれど、叔母さんは少し眉を下げて、私たちに向かって笑いかけてくれた。

「大丈夫。一晩したらけろっとしてるわよ」
「――でも」
「絶対のサヨナラってわけでもないんだから! 若い子が気にしないの」

 廉が、不安気にテーブルの下から私の手に触れてくる。安心させようと思って、私はその手をぎゅっと握り締めた。


 * *



「ル、リ」

 部屋で「ルリをどうやって説得しよう」と悩んでいると、ガチャリと戸を開けて、ルリが入ってきた。驚きで目が見開く。ルリが私が座ってるベッドの横に、椅子を持ってきてそれに座り、私をまっすぐに見る。

と、レンレンと離れるのが、淋しいだけなの」
「――うん」
「だから、ふたりが行きたいなら、私は止めれない」

 私を見ていたルリの目が、じわじわとにじんでく。私はベッドから立ち上がって、ルリをぎゅっと抱きしめる。

「うん、ごめんね、ルリ。でも、離れたって、私、ルリのこと大好きよ」

 ルリをぎゅっと抱きしめたまま、宥めるように背中をぽんぽんと撫でると、ルリは私の腕の中で泣き出した。私はその涙を受け止めながら、ずっとずっとルリの背中を撫で続けてた。




Good bye sadness!

さよならじゃないよ、また会えるから。



2006/08/02