晩ご飯も終わって、お風呂もはいって。あとは寝るぐらいしかやらなきゃならないことはない。お風呂上り、コップに入れた烏龍茶を持って、居間まで裸足でぺたぺたと歩くと、ソファに見慣れた頭を見つけた。私の前にお風呂に入った廉は、うつらうつらとしていて、今にも眠ってしまいそうだ。眠いなら、部屋に行って寝れば良いのに。
「廉ー、眠いなら部屋行きなよ。風邪引くよ?」
「……あー……?」
「うん」
廉のとなりに腰掛けて、烏龍茶を一口すする。廉は眠たげに目をしばしばと瞬かせたあと、こしこしと目を擦った。――ああもう、角膜に傷がついちゃうからやめたほうが良いのにと思いながら、お茶を飲みつつ横目で廉を窺う。
コップの中の烏龍茶が四分の一ぐらいまで減った辺りで、廉はやっと目が覚めたのか、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「」
廉が、私の名前を呼ぶ。
「……なあに?」
コップをテーブルに置いて、廉のほうを向いて返事をする。廉の目は、真剣そのものだった。この目を見るのは、いつぐらいぶりだろう。三星には行かないと言ったとき以来かな――。
「えと、あの」
「うん」
「もし、俺が。――おれ、が」
とても、言いにくそうにしながらも、廉は自分の思いを一番上手く伝えられる言葉を探している。私は廉の言葉がちゃんと出るまで、じっと待っていた。
「西浦落ちちゃったとしても、……一緒に、いてくれる?」
ぴきん、と、私の気配が硬化した気がした。廉は、自分が落ちると思っているのだろうか。ちょっとカチンときて、私は廉の右のほっぺたを左手で軽く引っ張った。聞き手である右手を使わないのは、力を入れすぎないため。
「そういうこと言うのはこの口?」
「い、い、いひゃ……い」
「廉――言霊って、知ってる?」
じぃ、と、廉の目をまっすぐ見つめて問い掛ける。廉は、一瞬だけ思考をめぐらせたようだけど、知らなかったらしく、小さな声で「知らない……」とだけ呟いた。少し喋りづらそうにしていたので、廉の頬から左手を離した。
「声に出したことってね、現実の何かしらの影響を与えるんだっていう考え方のことを、言霊っていうの。言葉の霊って書くんだけど」
廉は、自分のてのひらに霊の字を書こうとしたんだろうけれど、雨冠を書いた時点でその指の動きが止まる。ど忘れしたのだろう。「こうだよ」と、廉のてのひらに、逆さまに霊の字を書いてあげると、廉は納得したようだった。
私は言葉を続ける。
「良いこと言ったら良いことが起きて、悪いこと言ったら悪いことが起きる、って考えなの。だから、そういうことは思ってても言っちゃダメ。いい?」
「――う、ん。わかった」
廉が、こくりと頷いた。でも、少し不安げな顔のまま。――ああ、さっきの質問に答えてなかったね、私。
「でもね、廉」
「うん」
「もしよ、確立は一パーセント位しかないけど――もし廉が西浦に行けなくても、私は絶対、廉と一緒にいるから」
もし廉が群馬に帰るならば、私も合格蹴って(私が受かってた場合、になるのがちょっとマヌケだ)行くから。――だから、そんな顔だけは、しないで。――そう告げると、廉はひどく安心したような顔を見せた。
「うん、ありが、と……!」
「――ん、どういたしまして」
そう言って、テーブルの上においていた烏龍茶を飲み干した。廉は、また眠気が襲ってきたのか、ふあ、と欠伸をしている。私は苦笑して、「もう部屋で寝ちゃいなよ」と言った。すると廉は、「言いたかったこと、言ったし……そう、する」と言ってソファーから立ち上がった。――もしかして、あれを言うために寝ないで待ってたの? そう思うと、なんだか胸がつきんと痛くなった。
「おやすみ、」
「うん、おやすみ、廉。いい夢見てね」
ふたりで顔を見合わせて、「おやすみなさい」の、ごあいさつ。
一緒にいるから
例え、何があっても。
2006/08/07