西浦高校の体育館の中、パイプ椅子に座ってぼんやりしている。ちょうど今、説明会用の資料が配られていて、やることがないのだ。これで、中学時代の制服を着るのは、本当の最後だ。……卒業式が最後かと思ってたけど。

「はい、どうぞ」

 前に座っていた、ふわふわした髪の女の子が振り返って『新入生説明会資料』と書かれた小冊子の束を私に渡してくれた。紙って意外と重いなあ、何て思いながら

「ありがとう」

 と返し、冊子を一つとって束を後ろに回す。私の左隣に座っている廉のところにもちょうど冊子が配られたところだった。真ん中よりちょっとだけ後ろのところにあった椅子に座ったので、もうしばらく時間がかかるだろう。
 暇な時間を潰そうと、私は冊子の表紙をめくってみた。学校長の挨拶文が書かれてる下に、校訓と校章がある。その下にはスクールカラー:濃紺と書かれていた。……スクールカラーなんてあるんだ。驚き。次のページには、制服とかジャージとか、学校側から指定されるものについて色々書いてあった。制服はないけれど、ジャージは指定らしい。暇な日を作って、ちゃんと買いに行かないと。取扱店がちゃんとリストアップされていて、三年ぐらい埼玉から離れていた私には大変ありがたい。制服は私服可能、上靴も指定無し。――すっごい自由な学校だなあ、と思う。自主性を育てる、というやつなのだろう。きっと。
 私服にかんする諸注意を斜め読みして、ページをぺらぺらと捲っていると、体育館にアナウンスが響く。恐らく先生の声だ。私は、ぱたんと冊子を閉じて、前を向いた。


 * *


 ざっとした学校についてと、教科書販売日について、――あと、春休みの課題について。それらを説明されて、新入生説明会は終わった。体育館から出るときに課題を受け取って、私と廉は家に帰ろうと歩いている。学校までの道を覚えるために、自転車には乗らなかったのだ。
 校門まで歩くと、ふと、廉がぼんやりとグラウンドを見つめていることに気が付いた。彼の視線の先を辿ると――グラウンドの隅をじっと見つめている。なんとなくだけれど、私は、廉が何を探そうとしているのか気付いた。――ピッチャーマウンド、だ。止めると口で言っていたとしても、廉はやっぱり野球がやりたいんだ。

「廉、どうしたの? 何か気になるものあった?」

 ――何にもわからなかったふりを装って、廉に訊ねる。廉は、慌てた様子でこちらに振り返り、酷くどもりながら、「な、なな、なんでも、ない、よ」と答える。……どうしてそんなに隠したがるんだろう。「もう、野球はやらない」なんて言ったから? だから、私の前では、学校での野球はしないよって取り繕うの? ――別に良いのに。廉が嘘を言ったって、私の廉に対する評価とかが下がるなんてことは、確実にない。
 発破をかけるように、私は言葉をもう一つかける。

「もしかして、野球部のグラウンド、探してる?」
「え、……あっ」
「怒ったりしないから」

 だから、言ってみて、廉。と言葉を続けると、廉は小さな声で「ちょっとだけ、探してた」とぽつりと呟いた。私は「もう少し探そうか?」と訊ねたけれど、廉は首を振って、

「……俺がいたら、負けちゃうから――探さなくて、良いんだ」

 と、ゆっくりと、それでも少しためらうように言った。

「――おーけー、わかった。あんまり私が言ってほしくない言葉が混じってたけど、今は触れないでおく。……探さなくて良いんだったら、もう帰ろう?」
「……うん。帰ろう」

 廉がこくりと頷く。私はふっと息を吐いて、心の中でだけ呟いた。――無理しないで、行きたいなら行っちゃえば良いし、見たいなら見ていけばいいのに――と。




その視線は

羨望にも絶望にも似ていた。



2006/08/22