「さんおはよう」
「……おはよう、金沢くん」
至極当然、といわんばかりの取り澄ました笑顔で金沢は私に挨拶をする。
本当はそれに返事をするのすら嫌だけれど、クラスで真面目な生徒として通っている以上、無視をするわけにもいかない。
それに、何故か金沢には逆らってはならないような気がするのだ。
『彼』はいつもおどおどしているような人だというのに、私の中の何かが違うと言ってくる。
所謂第六感が、私に警鐘を鳴らす。
――彼に逆らってはならない、と。
「今日は英語で小テストがあるらしいよ」
「…そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
顔に笑みを刻み付け言葉を紡ぐ。
向こうも笑顔を浮かべたが、その笑みには何故か違和感を覚えた。本当に違和感なのかわからない。
そんな、ほんのちょっとした綻びのようなものを私は感じ取った。
「のとーちょっと良いかー?」
「あっ、富山くん」
金沢がとてとてと扉のほうに歩いていくのを目の端で捉え、そしてついと視線を外した。
私は自分の席に座り、誰にも聞こえないように溜息をした。
――金沢と話してると、疲れる。
精神力を使うし、逆らってはならないという強迫観念にもそろそろ疲れてきた。
そもそも、あんなふわふわした、男であるよりは女でいたほうが得しそうな金沢に、どうして逆らってはならないのかいまいちよくわからない。
……親が超過保護とか? 確かにそうだったら逆らっちゃ危険だろうなあ。
私みたいに猫を被ってるとか? …これは中身次第か…?
猫被り。人世を上手く渡り歩くための潤滑油のようなもの。この言葉は嫌われがちだけど、逆に柵に巻き込まれず便利だ。
「……別に、いっか」
『金沢がどうだろうが』と心の中で付け足す。
噛み締めるように呟いて、鞄から筆箱を取り出した。面倒がりだから、教科書類は全部テスト前以外持ち帰らない。
机の横に鞄を掛けて(ロッカーまで持っていくのすら面倒だ)、机に突っ伏した。
ひんやりとした机が妙に心地良い。
「さん? 具合悪いの? 大丈夫?」
「うん。大丈夫、眠いだけだから」
『戻ってきてたのか』と考えながら、身体を起こして金沢に返答した。
すると、金沢が慌てたように声を上げ、手で私を制する。
「あ、眠いなら寝てて良いよ。起こしてごめんね」
「もうすぐSHR始まるみたいだから良いよ。ありがとう」
「……ごめんね、ありがとう」
金沢が申し訳無さそうに眉を顰めて言うと同時に、教室の扉から先生が入ってきて、「日直ー」と叫ぶ。
その声を聞いて、教室内で散ばっていた生徒たちが席に戻っていく。
金沢も例外ではなく、私の右斜め後ろに戻っていった。
先生の間延びした眠気を誘う声を斜めに聞きながら時間割を思い出す。……英語の小テストはどうにかなるだろう。宿題とかあった気もするけど、まあ良いか。放っとこう。
「先に知らせとくけど、今日の午後、俺いなから5時間目の理科は自習になるぞー」
――じゃあ、5時間目はサボりだ。
そう考え、にやりと笑う。その瞬間、何故か背中右半分に熱い視線を感じたような気がしたのだが、多分気の所為だろう。
1時間目は国語。
長い眠い一日が始まった。
01*完璧主義者
2005/12/04
このお題、見た瞬間に「のと様連載書きたい!」と電波が舞い降りてきました。
……このような訳で、猫被り黒のと×猫被り斜めヒロイン夢連載が始まったのです。
あはははは。本当にこの御題見たときに脳に何かが走ったんですよ。ピピーンと。
あれがネタ神様の思し召しってやつですか?
まあ頑張りますんで見捨てないでやってください。お願いします。
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