クラスメイトたちと昼食を食べながら、私は昼休みをどこでサボろうか算段していた。
彼女たちの話には殆んど口を出さず、話題を振られたときだけ相槌を打つようにしているのだが、彼女たちは自分のことを語ったり、ここにはいない誰かのことを語るので精一杯。私が話をしていないことには気付かないのだ。
私は購買で買ってきたサンドイッチを食べながら、貼り付けた笑みを崩さないようにして周りを観察した。
「うちのクラスの二色、星陵情報に彼氏いるらしいよ」
「えーマジで!? いいなーあたしも彼氏欲しい」
「あなたたちには無理よ」と言いそうになる能面の下の自分は押さえつけ、私はごみを捨てに立ち上がる。
昼休みも終わりに近付いているし、このまま捨てたら屋上にでも行って長閑な昼下がりに惰眠を貪ることにしよう。
「あ、サンどこ行くの?」
「具合悪いから保健室行くね」
「ふーん、お大事にー」
「ありがとう」
クラスメイトには適当な嘘を吐いて、私はいつものペースのままで屋上まで歩いた。
階段をのぼり、鍵の壊れた扉の前に立つ。その扉を押せば、ギィ、と擦れるような嫌な音がした。その音に思わず小さく顔をゆがめてしまったが、それを消して屋上に歩みを進める。
すると、そこには意外なことに金沢がいた。
「……え……あ、金沢、くん?」
妙などもりというか、戸惑いがあったのは見逃してほしい。正直、こんなところにいるだなんて思ってなかったんだから。
私の中の金沢像は、サボりなんかしない大人君子みたいな真面目ちゃん。裏がありそうだとか散々考えてはいるけれど、少なくとも表面的なイメージはそうだ。
「うん。――、さんもサボり?」
「……そんなところ。ご一緒しても良い?」
「良いよ」
「……ありがとう」
金沢にお礼を言って、少し離れたところに座る。金沢の目が少しだけ意外そうに瞬いた。
こんな状況で何も言わないのも居心地が悪いだろうと思い、私は当り障りのなさそうな話題を適当に口にした。
「――金沢くん、理科嫌いなの?」
「普通かなあ。さんは?」
「私は理科苦手なんだ。文系人間だからかなあ?」
金沢の中を読み取ろうと視線を向ける。決してその中は透き通らず、見えることはない。
弱気な普通の少年のように見える金沢。それは、素なのだろうか。それとも私の予想通り、猫被りなのだろうか。…わからない。読み取れない。
「ねえ、?」
思考を引き裂くように、金沢に苗字を呼ばれる。
いつものように返事をしようとしたが、思考が一瞬ぴたりと止まる。――いま、何て呼んだ?
「…………え、」
「は、どこまで、気付いてた?」
さっきまでのおどおどしているような弱気な少年像はそこになかった。あるのは、自信に満ちた強い目を持つ人。
私の知っている「金沢のと」とは、完全に違う存在ともいえる、人。
金沢がゆっくり立ち上がる。
「……金沢、く」
「どこまで偽者だって気付いてた?」
強い言葉で遮られる。よぎる戸惑い、困惑、迷い、迷走、当惑、驚愕。
金沢がこちらに一歩にじり寄る。
表情を繕い、怯えた振りをすることすら頭から全部すっぽ抜けて、私はただただ金沢を見上げた。
思考すら麻痺してるのか、よく考えることができない。
「…んた、誰なのよ……?」
私の口から飛び出てきた言葉が、私の脳でゆっくり処理される。
しかし、その処理が終わるよりも何よりも先に、金沢が楽しげだけれども何ともいえない笑みを湛えて言葉を紡いだ。
「へえ…それが、本当のなんだ?」
「――っ!?」
『しまった』と思うが、もう遅い。時なんて戻せない。一度言ってしまった言葉を取り消すのだって勿論不可能で――。
新しいおもちゃを見つけたといわんばかりの嫌な笑みを浮かべて、金沢は私にもう一歩近付いた。私は金沢を睨みつけながらぐっとてのひらに爪を立てる。
…私の考え足らず! こんの馬鹿! 自身に罵詈雑言を積み重ねてみるけれど、現状は回復するはずもなく。
『誤魔化しも通用しない相手なんだから仕方ない』と割り切って、私は素の私で金沢に返答した。
「……ええ。『本物の 』はこっち」
見下ろされるのがやけに癪で、私は立ち上がって金沢の強い目に真っ向から勝負する。私にできる限りの強い眼でその目を見返した。
金沢が感心したように細く溜息した。
03*刹那の感情
2005/12/17
ヒロインさん驚きのためうっかり素を出すの巻。
やっぱ黒のととの腹の探り合いって言うか化かし合いっていうか…ってすごい楽しい。
巧く表現できない自分がやになるけど本当に楽しくて楽しくて。
次はのと様視点だからもっと楽しく書けそうだ。
うん。次も楽しくかけますように。
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