か な し み の こ と だ ま





「限くん、開けて」


 夜中だから大きな声も出せないくて(だって近所迷惑になってしまう)、いつも以上に控え目な声で扉に向かって声を掛ける。ぎゅうと自分の式服を握り緊めて、もうひとつ声をつむいだ。


「おねがいだから、ねえ限くん」


 こんこんと扉を叩いた。チャイムを鳴らすのも近所迷惑だろうと思ったので、チャイムを鳴らしはしなかったけれど。
 目を瞑ってこつんと額を扉に押し付ける。


「……ねえ、限くん、ちょっとだけ、私の話、聞いて?」


 返事が無くて、私はじわりと涙が浮かぶのを感じた。
 今、限くんは中で何をしているのだろう。翡葉さんが罵るように言ったように荷物をまとめているのだろうか。任務が終わったらすぐ戻れるようにと殆んどものが無い部屋の片付けをしているのだろうか。
 ――いやだ。いやだよ。


「わたし、もっと限くんと一緒に居たいよ……」


 もっと一緒にいたいよ。もっと話をしたいよ。まだ、一緒に、夜中の学校で妖退治をやっていたいよ。
 それに、私は――


「だって私……限くんのこと……好きなんだよ」


 届いているかわからないけれど、絞り出すように声を紡ぐ。咽喉の奥がきゅうと鳴って、涙がほんのり滲んだ。
 膝が立っていることを放棄して、私の体はそれに従ってずるずると座り込んだ。扉が、酷く冷たかった。


「……限、くん」


 震える私の声が、彼の名を呼ぶ。涙が頬を伝って床に落ちる。
 冷たかった扉が、私の温度が伝播してか、ほんの少しだけぬるくなっていた。


「……もっと一緒にいたいよ……っ!」


 少しだけ声が大きくなったけれど、限くんはおろか近所の人すら出て来はしなかった。
 空が白んでいく。東の空がだんだんと明るくなっていく。扉に背を預けていた私は、目をぎゅうと瞑った。





2006/03/12 (アップは2006/07/18)
懐かしい時期の話、な気がする。
8巻の限くんが帰ってしまうかも……というときのお話です。懐かしいですね、本当に。
自分のやりたいように書いてしまったので、言い訳しなければ。まあ、えーと、ごめんなさい。(思いつかなかった)
この作品は限くんサイドがあってやっと一つの作品になるので、そちらも読んで頂ければなーと思います。
本当はサイトにあげないつもりで書いたんですけど、リクエストがあったので、サルベージして手直ししました。

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