か な し み の こ と だ ま





「限くん、開けて」


 普通の人なら気付けないであろうほどに小さな声で、が扉越しに俺の名を呼んだ。だけれど、今日は――いや、もう出るわけにはいかないだろう。どうせ、俺はこの地の任務を解かれてしまうのだろうから。
 ダンボールに服を放り投げ、その声を耳に入れないように努めた。入れてしまったら、何故かあいつには逆らえない俺のことだ。うっかり扉を開けてしまいかねない。


「おねがいだから、ねえ限くん」


 こんこんと扉を叩く音がした。耳に入れないように気をつけたつもりだったのだが、逆にその音を集めて聞こうとしている気がする。
 ばさ、と音を立てて制服以外の服がすべてダンボールに収まる。俺はの呼ぶ声に誘われているかのように、扉のほうへ歩いていた。本当に、どうしての声のする方へ行ってしまったんだろう。
 俺には、よくわからない。


「……ねえ、限くん、ちょっとだけ、私の話、聞いて?」


 嗚咽混じりの声に申し訳無い気持ちになりながらも、俺はその扉に背を預けて座り込んだ。
 その声を聞いていると、何故か脳裏にの笑顔が過ぎった。――泣きそうなの、哀しげな笑顔が。


「わたし、もっと限くんと一緒に居たいよ……」


 聞いているこっちの胸を揺すぶるような、胸をぐっとつかまれたような錯覚に陥る、声だった。
 震える声が、俺を揺さぶる。思わず、扉を開けてしまいそうになる自分を必死に抑えた。


「だって私……限くんのこと……」


 そう絞り出すように呟くの声は、後半が掠れてしまっていて、俺にすらちゃんと聞こえなかった。
 が戸に寄り掛かってずるずると重力にしたがって座り込む音が聞こえた。


「……限、くん」


 完全に泣いている声だ。――が、泣いている。今まで見たこともない表情のはずなのに、何故かその表情は容易に想像がついた。想像できたの泣き顔は、見ているこちらが辛かった。(見ている、といっても所詮想像ではあるが)
 は、泣いているよりも笑っているほうが似合う。柄にも無く、俺はそう思った。


「……もっと一緒にいたいよ……っ!」


 の声は、やはり俺を強く揺さぶった。

 俺は、この感情をなんというのか、知らない。





2006/03/12 (アップは2006/07/18)
懐かしい時期の話、を書いた気がする。
8巻の限くんが帰ってしまうかも……というときのお話です。懐かしいですね、本当に。
自分のやりたいように書いてしまったので、言い訳しなければ。まあ、えーと、ごめんなさい。(思いつかなかった)
この作品はヒロインサイドがあってやっと一つの作品になるので、そちらも読んで頂ければなーと思います。
本当はサイトにあげないつもりで書いたんですけど、リクエストがあったので、サルベージして手直ししました。

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