どうせ変わるものなんて無い。
私の周りは不変の世界。
何も何も変化しない、まっさらな世界。
何も何も変化しない、まっしろな世界。

ああそうだと思っていたのに。
これは、何?









不変幻影









「ええと、ユンファさんと仰いましたっけ?」
「ああ、弟もいるからウェンでいいぞ」
「じゃあウェンさん、これはどういう状況でしょうか教えてくださいませんか?」


後ろ手ではないものの手を縄で縛られどこかに運ばれているこの状況。
さあこの状況が何なのかお答えくださいな、ウェン・ユンファさん!弟さんのリー・ユンファさんも!


「誘拐されているんでしょう。あなたはそれが解らないほどバカじゃないでしょう?」
「リーさんは意外と口が悪いんですね。それに答えて欲しいのはそういうことじゃないんですけど」


明らかに私より頭ひとつ分低いリーさんは座る私と同じ高さでそう飄々と言ってのけた。
座る私と同じ身長なんだから、立った状態だと多分大き目のぬいぐるみくらいの大きさなんだろうなあ。
…って、そういうことを考えて和んでいる場合ではなくて。


「ですから『 は何故攫われたのか』の理由についてはっきりと単純明快に…そうですね、できれば作文用紙一枚以内で説明願います」
「作文用紙って何文字書けるんだ?」
「基本は20文字×20行なので400字といったところですが、説明していただけるのでしょうか」
「いえ、説明なんてできませんよ。指示に従がったまでですから」
「然様ですか」


はあ、と明らかな溜息をひとつ。
呻き声をあげながら立ち上がるとそこにあった木箱の埃を縛られた手で掃って腰掛ける。
逃げられる、と思っていたのか構えていたウェンさんが胡座をかいて大袈裟に溜息を吐いた。


「逃げやしませんよ。そんな疲れることなんてしてられないんで」
「攫われた割には肝据わってるんだな、お前」
「正しく言うなら逃げ切れる自信が無い、なんですけど」


ふらふらと足を振り回してみる。
多分同い年だろう少年に敵うような運動神経も体力も生憎と持ち合わせていない。
隙を見つけてそこをつくとか、どうにか作戦だてしてすり抜けるとかそういうことしか出来そうに無い。
今現在、いい作戦もアイディアも思いつかないので逃げようが無いので動かないけど。
多分アジトか何かに着いたときに少しだけ隙が出そう。


「まー、こっち得物あるしな」
「武器もちで女の子一人攫うなんてどれほど慣れた誘拐犯なんですかあなたがたは」
「そういう刃物とかじゃないんだけどよ…まあ良いか」


ウェンさんは頭を掻いて笑っていた。
リーさんは複雑そうな顔でウェンさんの前で突っ立ったままだ。
二人とも中華少年って感じだよね。
このまま逃げれなかったら炒飯でも作ってもらおう。うん、そうしよう。


「で、いい加減手首が痛いのでそろそろ縄を解いてくださいな」
「あなた攫われたという自覚はあるんですか?」
「ありますよ。私は人質さんで、多分ウェンさんリーさんに私を攫えと命令した方が私を必要とされているんでしょう?」


ウェンさんもリーさんも驚いたように目を見開いた。
多分、図星。
さあここで叩き込め。


「ここで私の機嫌が損なわれれば私はその人に確実に反発しますよ」


そう言って、私は微笑んでウェンさんとリーさんを見下ろしてみる。
ウェンさんはしぶしぶといった風で私の腕を縛める縄を解いてくれた。
やっぱり、上に反発されるのは困るんだ。


「ああ、乙女の柔肌、それも手首…に真っ赤な鬱血の痕…」
「…悪かったな、強く縛って」
「――湿布、ありますよ。それとも包帯にしますか?」
「ああ、友達に『あんたどんな変態趣味持った男捕まえたのよ!今すぐ別れなさい!つーか縁切れ!』って言われる…あ、湿布もらっていいですか?」


ウェンさんが小さく「俺にはSMの趣味はねえよ」と呟くのが聞こえた。
リーさんは温湿布と冷湿布を――兄の発言をまるきり無視して――差し出してくれた。
冷湿布を頂いて赤色が濃い右の手首に貼ろうとしてみる。
利き腕が右の私は勿論上手く貼ることができなくて奮闘する。
不意にウェンさんが私の左手の湿布を取って右の手首にしっかりと貼ってくれた。

――あ、上手。きっと生傷絶えないんだろうな。
顔とか、腕にも古傷が残ってるし。


「ありがとうございます…」


ウェンさんは左手首にも湿布を貼ってくれた。
されるとも思ってなかったからちょっとだけ私の目は見開かれてるんだと思う。


この二人はそんなに悪い人に見えないけど、一体何のために攫われたんだろう、私。





2005/01/15
…何が書きたかったんでしょう。
どうしてアババ様はこの子を攫わせたの?教えてください。
いえ、ユンファ兄弟との掛け合いが書きたかったのでしょう。ですから続きはご勘弁を…。
ここだけの話、書きたかったのは『俺にはSMの趣味はねえよ』というウェンのセリフです。
SM以外の趣味ならあるのか、と妄想の広がる素敵な発言。
私的に、ウェンさんは言葉攻めとかしてそうなイメージです。
…あ、そういうネタお嫌いな方いましたらごめんなさい。