夜 に 融 け こ み










　気配と、血のにおいを感じた。
　その気配は、長い間一緒にいた、彼のもので。血の主もその彼だということがすぐにわかって、私は部屋にあったタオルを引っ掴んで、そのにおいのもとをたどった。
　すぐに見つけた。――誰にも見つからないよう、壁にもたれる限を。座り込んで息を荒げたままの限の頭の上に手を乗せた。


「うん、しぶとく戻ってきたのね。良い子良い子」
「……」


　ぽすぽす、と限の頭を撫でる。
　鉄が錆びたような嫌な血の匂いがしたけれど、その嫌なにおいを嗅ぎ慣れている自分がいるという事実にうんざりした。
　座り込む限と同じ視線になるよう屈んで目を合わせる。
　限はばつが悪そうに視線を逸らしたが、私はそんなこと気にせずに限の額に浮かんでいた脂汗を持ってきたタオルで拭いた。


「ここ、ニオイに敏感な人ごろごろ居るんだから、もう少し頓着しようよ」
「……そう、だな」


　限は私の手からタオルを取り、血やら泥やらを拭い取る。
　土や服にこびり付いた血の量から考えるに、結構深い怪我をしてきたのだろう。
　限は基本的に我が身省みずだし、自分を犠牲にしてでも任務をこなそうとする人だから。……もう少しぐらい、自分を大切にすればいいのに。


「傷、見るからね」


　限が「待て」と言っているのには耳を貸さずに、勝手に右腕の深そうな傷を指で撫でる。
　塞がりかけてるとはいえ、妙なものをいれたまんまで修復してしまうと後が面倒だ。痛かろうけれど、異物は取り除かないとならない。
　本当なら、限が左腕で隠してる腹部の方を先に見たいのだけれど、限の左腕はそれを阻んでる。――なら、先にこちらを済ませてしまうほうが得策だろう。


「痛そー」
「……なら、見なければいいだろう」
「冷静な感想を述べただけよ。私、感応ないし」


　血が付着していて見えにくいのでぺろりと舐めて取り去る。
　限がびくりと身体を揺らすが気にしてもいられない。
　殆んど修復が済んでしまった右腕。修復された肌の色から見て大丈夫なのだと思う。


「大丈夫そうね。ついでに、お腹の傷も見たいんだけど」


　そう言って限の左腕を除けようと手を伸ばすと、逃げられた。


「限？」
「大丈夫だから、見なくても、平気だ」


　限がしっかりとした声で囁くように言った。
　そこには嘘も無理も見受けられず、私は仕方なく溜息を吐いて腹部の傷を見るのを諦めた。
　見せたがらない理由、あるんだろうし。――それほどまでに酷い傷なんだろうか。それとも、全然軽い傷なのに心配させたらまずいと思って見せたがらない？


「無理、しないでよ」


　私、こう見えても不安がりなんだよ。
　心の中でそう付け加えながら立ち上がると、限も私に倣って立ち上がる。


「まあ……努力は、する」
「しすぎないでね」
「……ああ」


　ぽん、と頭に限の大きな手が下りてきて、「心配かけたな」と囁かれた。
　夜空には、大きな月がふんわりと浮かんでいた。





2006/08/06
HDDから発掘した限くん。もうしつくしたと思ってたのにまだ出てきました。
我がMeたんのHDDのカオスっぷりと、私のお掃除できてないっぷりを曝け出してますね。悲しいことに
これは確か、閃ちゃんが限くんのこと回想してくれた回を見て電波がきて書いたんだと思います。
いや、私、本当に限くんのこと好きなんだなあ……。
もどる