パ ブ ロ フ








私はただひたすらにぎゅっと目を閉じ、震える自らの身を腕で包み込んだ。
その震えはまるで痙攣でも起こしているのかと思うくらい小刻みだった。
強く閉じた目尻からもぼろぼろ涙は溢れて、重力に従い頬を伝って行く。

真っ暗だったはずの私の視界が、急に真っ白になる。
肩が、怯えてはねた。
アルミニウムが燃焼したときのような激しい光は、固くきつく瞑った目にも届く。
低く唸るような音が響いて、私は身を固くした。

ただ流すだけの涙。
ただ震えて怯えるだけの私。

雷は昔からどうしてもダメだった。
物心ついた頃にはもう、雷が落ちるたびに近くにいる人にしがみついてぼろぼろ泣いていた記憶がある。
近くにいた人の背中だったか胸だったか、そこに額を押し付けてガクガク震えていた。
どうしてなのかもわからない。
ただ温かさを感じて恐怖を紛らわせたかったのかもしれない。

今はそんな温かさを感じられるものがない。
私はただ自分の耳に音が届かないように縮こまって座って、雨が過ぎるのを待つだけ。


「もうやだ…やだよ…早く止んでよ」


体と一緒に震える唇で、私は小さく呟いた。
声も面白いくらいに震えていて、私は心の中で小さく自分を笑った。
この震えは雷が止まないことにはきっと止まらない。

ガタン、と扉が開く音がした。
雷の音を聞くまいとして必死になって耳を塞いでいたにもかかわらずその音は真直ぐに私の耳に飛び込んできた。
私は恐る恐る固く閉じていた目を開けた。


「…ああ、いたんだ」
「の、と…?」
「そうだけど」
「どしているの…?」
「この雨雷の中歩いて帰れるほど屈強じゃないからね。止むの待ってるだけ」


そう言うと、のとは私の隣りに腰を下ろした。
何時もだったら脱兎の如しに逃げ出していただろうけど、今日は別。今は。
雷がいつ聞こえてくるかわからない今だけは、例え閻魔様だろうが私にはメシアに見える。

隣に人がいることによる安心で体の力を抜いた瞬間、外が輝き、音が響いた。
閃光が真直ぐに私を射抜いたような気がした。
体が、過剰に反応する。


「や……っ!?」
「…ちょ、」


反射的に近くにある温かさにしがみついた。
全身ががくがく震えて、心拍数も上がって、涙が目尻に滲んできた。
ただただ怖くて、腕の中の私と比較して大きい温かさに回す腕の力を強くした。


にしては珍しく積極的だね。正直になった?」


ただ雷が怖くて怖くて、何を言っているのかなんて聞こえなかった。
…耳に届かなかったというほうが妥当かもしれない。
ただ怖くて、恐怖だけが私の心を支配していた。
体が震えて、腕が震えて、零れ落ちる涙でしがみついた制服にシミが出来た。


「…電気線に雷でも落ちたのかな。今の結構近かったし」


優しい手が私の頭を撫でる。
ぼろぼろと零れ落ちる涙がその温かい優しさでやんわり止まった。
涙が止まれば、思考回路もだんだんとクリアになっていく。
…ねえ、私。今、何してるの……?


にも意外な一面あるんだねえ」
「あ、わわわ…!」


はっと気付いて、のとから両腕を離してあとじさる。
のとが楽しそうに、でも、なんとなくちょっと小ばかにするように笑った。
私は少しでものとが撫でる手で安心した事を後悔した。
ぼんやり考え込んでいると、室内が人工的だけど少し暖かい明かりに包まれた。


「点いたね」
「停電してたんだ。気付かなかった」
「泣いて震えてたからねは」
「……」


そう直球に言われては言い返すことも出来ない。
というより、言い返す必要があるのか、と考え込んでしまう。
何でのとに私弱味見せちゃったんだろう。
のとが来たからって安心して耳から手を退かさなければこうはならなかったのに。


「それにしてももう少し僕にしがみついてればよかったのに」
「……その心は?」
「ここで言ってほしいなら言っても構わないけ」
「結構。っていうか言わないでください」


手で目を乱暴にこすって、一度大きく深呼吸した。
のとは目を細めてとの外を指差した。
遠くのほうで体育教師の大声が聞こえてきたような気がした。


「停電になったから今いるメンバーだけ点呼しようってとこかな」
「…そうみたいね」
「じゃあ面倒なことになっても億劫だから行っとこうか」
「うん」


のとの後ろをついて歩き、教室から廊下へと出た。
他の教室で雨模様を見ていた他の生徒たちも、決して多くはないけれど、教室からぞろぞろと出てきた。

のとが、唐突に振り向いて言う。


「カミナリ、気にならなかったでしょ?」


それだけ言うと、のとはさっさと先に行ってしまった。
…いや、確かにのとに抱きついた以降気にならなくなったけど。けど。

何て言うかあのその。


「…あー…行けないじゃんのとのばかー…」


絶対に届かないように小声で、小さく言ってみた。


「…参ったなあ……」


『こんなはずではなかったのに』と小さく補足した。





2005/04/28
いつもとはちょっと違う黒のと様シリーズ…がテーマでした。
…これ黒のと様じゃなくても良いよね、うん。
でもヒロインちゃんのイメージがシリーズとかぶっちゃってるので黒のとシリーズです。
珍しく際どくなくて自分でもびっくりしています。
…女泣かせののとネタ書こうとしていた自分がいますが自粛しました…。

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