つたわるこころ








「うわー。赤福ー助けてー」


 わざとらしい間延びした声で言いながら旧放送室に侵入すると、お弁当を食べてた赤福が一瞬驚いたような顔をしたけど、あきれた笑顔でてまねきしてくれた。
 戸を後ろ手で閉めて、赤福の座ってる机の近くの椅子に座る。すると、赤福が箸を私の方へ向けて、ほんの少しだけ疲れたような声と目で問い掛けてきた。


「にー?」(何したの?)
「……何もしてないよ。ただちょっと。諫早とバトル?」
「にに?」(何の?)
「猫ー」
「……」


 赤福が『訳分からん』と言わんばかりなげんなりした様子で、卵焼きにぶすりと箸を突き刺した。
 私はコンビニで買ってきていたサンドイッチの包みを開きながら、赤福の中でふつふつ沸いてるであろう疑問に答える。


「どっちがより猫に愛されてるかーって戦ってみた」
「にーにー?」(どんな風に?)
「猫はどっちの言うことを聞くかーって感じに」
「に、ににー?」(で、どうなった?)


 赤福の言葉に、ぴたりと私は静止した。たまごサンドに齧りつこうとしたスタイルのまんまで、私はかっちり止まる。
 『はいったい何をしたんだ』と聞いてくる赤福の目には、好奇と不安と何かが入り混じってる。隠そうとはしているけれど、きらきら輝いてるし。


「……諫早のくろいのが理事長のヅラ取っちゃって、二人で逃げてた」
「ににー! にっにー、にー!」(ナイス! やっぱり理事長はヅラか!)
「うん! 私も半信半疑だったんだけど……ってそうじゃなくて」


 身を乗り出しかけていた自分を抑えて、またすとんと椅子に座る。自分を落ち着かせようと紙パックの紅茶にストローを挿して、ちょっとだけ紅茶を飲んだ。


「にーにー? ににーにー?」(そういえばボスの方は? 一緒に逃げたんじゃないの?)
「途中で私、女子トイレに入ってやりすごしたからそこで別れた。悪いことしちゃったかな」


 今も逃げてるのかもしれないと思うと、流石に申し訳無い気分になった。ちゅう、とストローで紅茶をもう一口飲む。
 むう。まだ逃げてるのかな。諫早が捕まるとは思えないけど、どうだろう。どこかでやりすごしてるのかもしれないけど……。
 考えていると、急に赤福が私の眉間に触れた。ぎゅうぎゅうと押してくる。い、痛い痛い。そう強い力じゃないけど眉間は急所なんだからさ。


「え?」
「ににー。にー、ににに」(皺寄ってる。ボスなら大丈夫だろうから、考え込まない)
「え、あ、うん。わかった」


 そう返すと、赤福が楽しそうに笑って、そしてぽんぽんと私の頭を撫でた。


「あかふくーどしたのー?」
「にーにー」(なんでもなーい)


 私の頭を撫でてくれるその手があったかくて、私もつられたように笑った。
 そんなまったりした時間は、顔を真っ赤にした理事長を撒いた諫早が入ってきてからも続いた。こんな時間は、きっといつまでも、私たちが望まなくなるまで続いてくれる。そんな気が、した。





2006/03/21
サイト一周年、日記で受け付け中リクエストの作品、赤福すずかです。
小説の傾向が書かれてなかったので思うがままに書かせてもらったのですが、これで宜しかったのでしょうか? しかし、結構楽しく書かせていただきました。満足です。
あ。無論、理事長さんがヅラっていうのは捏造ですよ。
あと赤福さんの台詞のあとを反転すると、台詞の日本語訳っぽいものあります。

もどる