優雅に昼寝を決め込んだ6時間目の数学、それが終わると同時につこみの野郎に叩き起こされた。
…丸められた、数1の教科書で強かに後頭部を叩かれて。


「……ってぇ!?ちょ、な、何だよオイっ!」
「おーやっと起きたんか」
「…殴って良いか?」
「いやや。ちょお、俺に付きおうて」


そう言うと、つこみは俺の返事を聞こうとすらせずに、ズルズルと俺を引き摺っていった。











薄ら垣見える本音に、素直になれるなら











「……で、だ」
「おう」
「何故に俺はこんな場所に連れてこられてんだ?」


俺は何故か胸を張っていたつこみを見下ろして聞いてみた。
こんな場所というのは、聖モダン北――この辺じゃかなりの進学校と称されている――の前。
前といっても、300メートルほど離れているのだが。
進学校の前にさ、俺らみたいな学校の生徒がいるわけにはいかないと思うんだが。
つこみはそういうことも気にせずにずんずんそっちに近付こうとする。
その首根っこを掴んで、さっきの質問に答えるように凄めば、渋々つこみは口を開いた。


「この間、ノマルと握手したコ、覚えとる?」
「…ああ。覚えてる」


……むしろ、未だ記憶に新しい。
俺の前に突然現れて、握手して、名前を聞いて、別れた、あの。
忘れてなどいない。名前は。彼女の、名前は


「そのさんな、この学校通っとるんやって」


「俺すごいことしたやろ?褒めて褒めてー」などとほざく下にある頭に右手を振り落とした。
酷く痛そうな鈍い音がしたが、それは自業自得とかいうやつだ。気にしてはいけない。
踵を返し、家に帰ろうとすると、ずしり背中に慣れない重み。
……待てつこみ。重いぞ。


「放せ、重い。つーか動き辛い」
「ノマルどこ行くねん。さん待とうや」
「何でサン待たなきゃならねーんだよ」
「えー。何でってそれノマが言うん?お門違いやーん」


つこみは俺の反論をいとも簡単に撥ね退けた。
そして、俺の背中からひょいと降り俺の前に回って、俺に人差指を突きつける。
そのつこみのあまりにも真っ直ぐな目には、穢れも迷いも何も無かった。
あるのはただ、純粋な。



「だってノマル、さんのこと好きなんやろ?」



純粋すぎるくらいな、優しさと、何か。
俺はつこみの言葉を無視して、つこみの横をすり抜けて雑踏を進んだ。
後ろで、つこみが大声を上げるけれど、それを無視して俺は歩いた。


「ちょ、ノマー!のーまーるー!」


オイコラ待てー!と怒鳴る声。
それを右から左に流して、歩くスピードを速めた。

まだ、認めたくない。
何というか、好きと断言してしまうにはまだ何かが足りなくて。
そして、そう言ってしまうと何かを失ってしまうような気がした。
その一歩が踏み出せないのは、サンとの関係が希薄だからだと、本当は、自覚していた。


「ノマ、素直になりぃ」


追いつくと同時にそう言うつこみに、咽喉の奥で「うっせーよ」とだけ返して、俺は溜息を吐いた。
その溜息は、予想以上に細く弱かった。





2005/07/09
久し振りに書きましたよドリーム…。復帰第一作。しかも止めてた小説の続き。
初・ノマル視点。すっごい難しかったです。難産難産。
ヒロインさんが、出てこないというとんでもない小説でした。
すみません。楽しんでいただけたら幸いです。

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