追葬

 かさり。花が鳴った。
 私の手の中で、風にのってゆらゆら揺れる紅い華が、目に痛い。烏森学園中等部の屋上。限くんが転入してきてから、私の行動範囲の一部になった。――どちらかというと、こっちに顔を出すことのほうがメインだった。心の中では。
 夜特有の静けさと冷たさは、私の肌を刺す。けれど、その痛みは決して痛くない。彼があの時感じた痛みなんかより、よっぽど優しいものだ。
 後ろから、呆気なく斬られ、限くんの生命は幕を閉じた。それは、思っていたのより一瞬の出来事だった。――妖とたたかう、ということを、私は勘違いしていたのかもしれない。勿論死が背中合わせであることは知っていたけれど、どこかで、遠くのことのように感じていたのだと、思う。
 ――限くんの死だって、現実ではない、どこかで起きた出来事のようだと思っていたかった。


「――げ、んく……ん」


 きゅ、と握り締めた花の茎が、ほんの少し萎びる。咽喉が痛い。夜風の所為か、目の下がほんの少しだけ、冷たかった。上手く声が絞り出せなくて、私はもう一度咽喉を震わせる。


「――げんくん」


 ぽつり、と。その言葉が空に染み込んだのと同時に、ぽっかりと、胸に穴が開いたような感じがした。空虚、とでもいえばいいのだろうか、何かを失ったような、そんな感じが、しっかりと胸にあらわれた。


「ああ、そっか」


 声に出した途端、カラダが理解してしまったのだ。受け入れてしまったのだ。彼の死を。――志々尾限の、死を。
 そしてきっと、無意識下の精神もそれを受け入れていたんだ。だって、このはなは。


「蝦夷菊」


 英名はアスター。花言葉は、……追憶。
 私は右手を柵の向こう側へ出した。そして、そっと手を開いて、右手に握っていた、萎びた蝦夷菊を手放す。


「――さよなら……ッ」


 この思いも、今落ちてった蝦夷菊といっしょに捨ててしまえれば、いっそ楽なのに、と吐き出すように、私は慟哭をあげた。





2006/10/19
さよなら、さよなら。
愛しき人は、戻らない。
わかっているけれど、割り切れない。
もう一年も経ったなんて、まだ信じれない。
彼と一緒にいきたかった