「ねえ、翡葉、知ってる?」
畳にねころんだまま、彼を見上げる。わたしのほうを見ようとすらしていなかった彼は、鬱屈とした顔で振り返った。
まっすぐひとみを見つめれば、舌打ちでもしそうな表情を浮かべ、視線が逸らされる。責められている、とでも感じたのだろうか。
「知ってるわよね、あなた、限のこと、大嫌いだったものね」
何かには言及せずに、ふふふ、と笑いながら告げれば、眉がしかめられた。剣呑な視線がこちらを向く。おまえは何が言いたい、と言いたいのかもしれない。
「限はあなたに嫌われてることを知っていたけれど、それでも、限はあなたのこと、嫌いじゃなかったのよ」
唄うように、さらりと口にする。
彼はしかめっ面のまま、再びわたしから視線を逸らした。――事実を突きつけようとするわたしから、視線を逸らす。
事実から視線を逸らしたところで事実なんて何も変わらないのに、それでも彼は逃げたがる。
「あなたが戦闘向きの異能者だったら、何か変わっていたのかしら」
変わるわけがない。起きてしまったことを無かったことにするなんて、土地神でも不可能なことなんだから。わかっているのに口にするわたしは残酷だろうか。酷薄だろうか。冷酷だろうか。
次こそ、彼は舌打ちを飲み込まなかった。隠そうとすらされない舌打ち。何故今そんな話をするんだ、と、彼の鋭い目が雄弁に語る。
「――そうね、こんな『もしも』の話は、意味がないわね。もう、変えようがないもの」
言い方に、微かな棘が混ざった気がした。そうするつもりは、まったくなかったのに。
ぐちゃぐちゃで複雑そうな彼の横顔が見える。それは、後悔している顔にも見えたし、誰かに詫びている顔にも見えた。頭領にだろう、と思ったが、もしかすると、彼は自身にも詫びているのかもしれない。
きっと、彼は知っているのだ。あの時何が起こったか、限のおもい、己の無力、頭領の影響力を。だけど、私の本意はきっと誰にもわからない。
ああ、細波さんには、きっとわかってしまうだろうけど。
「でもね」
空気をかえようと笑おうとしたけれど、上手く笑えない。
苦しい、苦しいわ。
「それでも、せめて、『さよなら』のひとことぐらい、言いたかった。…… よりも、言いたかったの」
わたしの言葉は、思っていたより空虚で、すぐとけきえてしまったのだった。
write:2007/10/19 up:2008/02/28
もう二年ですね。「二年目」を表す言葉って、ないんですけど。
なんていうか、受験勉強の合間に切なくなって、きちんと19日に仕上げた辺り、私はまだ彼を悼んでるんだと思います。
おやすみなさいもさよならも、まだ納得できなくて。