沈む鉛
箱が、やってくる。黒くて素っ気ない、冷たさしか感じられない箱が。どうしてもそれをまっすぐ見ることが出来なくて、私は俯いた。――その中に限がいる、だなんて、誰が信じれるだろう。何処か現実離れした感覚を抱きながら、私の右斜め前、中央に安置された棺を見下ろす。
限の眠る、はこ。
「――黙祷」
頭領の言葉に従い、目蓋をおろす。限の死を認めたくない感情のまま、手を、合わせた。今までにないくらい遅く鼓動を刻む心臓が、軋みだしたような気がした。
どうして、と、言って泣き喚きたかった。どうして限が死ぬの、と、叫びたかった。「絶対安全」な仕事ではないことは、わかっていた。妖を屠るということは、妖に屠られる可能性があるのだから。
けれど、限がいなくなってしまうなんて考えたことは、勿論なかった。
思いもよらない突然の喪失に、私の心はまるでからっぽになってしまった。限の死を認めたくないと思っているのに、心の何処かは最早いろんなものを失っている。
私の両腕から力が抜けた。頭領が何か言っている、けど、聞こえない。箱が、運び出されようとしていた。
限が、いってしまう。――待って、連れてかないで、と腕を伸ばそうとしたけれど、咽喉も腕も動かない。音も雑音のようにしか聞こえない。周りから鋏で切り離されたような気分だ。……限が死んだ、と、副長に聞かされたときからそう感じていたけれど、その思いは今なお顕著だった。
唯一動いた視線だけを動かすとアトラが泣きくずれるのが見えた。胸が痛い。そっと目蓋をおろしてみたけれど、涙の一つも流れなかった。
涙のひとつもこぼせない私を、限は薄情だと思うだろうか。……いや、限はきっと、そんなこと思わない、か。限はいつだって、不器用だけど優しくて、人のことを悪くは言わなかったし、思うこともなかった。
目を瞑ったまま、思い出す。はじめて限に会った日のことを。助けてもらった日のことも、二人でアトラにお説教された日のことも。――最後に会った日のこと、を。確かあの時、私は、限に何か大切なことを伝えようとして、
「オイ、! 何ぼーっとしてんだ。もう……終わったぞ」
雑音がして、私の肩が揺さぶられた。目蓋を押し広げると、不安そうな顔をした閃に顔を覗き込まれていた。
「……大丈夫か?」
閃の顔を見た瞬間、私はあの日のことを全て思い出してしまった。限が烏森に行ってしまうその日、見送りの最中、私が彼に何を言ったか。そう、一字一句違わずに、思い出した。
「烏森の任務が終わったら、言いたいことがあるの。聞いてくれる?」
「私は、」
「?」
「――私は、限に何もつたえられなかったんだ」
ぽつりと呟いたら、途端に、なみだが溢れて止まらなかった。ずっと。……ずっと。
write:2008/10/15 up:2008/10/19
三周忌、ですか。やっと傷が癒え始めたような気がします。
未だに10巻と11巻は綺麗なままですけど。まともに読み返せやしない……
おやすみなさいもさよならも、ましてや気持ちすら伝えられなかった少女の話。
だって、こうなるなんて、夢にも思わなかった。