眠れぬ夜と約束
 どうしてか、心がざわついて、眠れない。どうしてだろう、考えながら蒲団の中でもう何十回目かになる寝返りを打ったけれど、一向に眠気は訪れない。
 これならいっそ、寝るの諦めた方が良いんじゃなかろうか。考えて、蒲団から這い出て、暗い部屋の中で考える。どうしよう、コンビニまで行こうかな。ここ夜行の本拠地から近くのコンビニまでは結構あるから、睡眠前の運動には丁度いい程度の遠さのはず。体が少し疲れれば、眠れるかも。
 心の中でそう結論付けて、着ていた寝間着を脱ぐ。夜特有の刺々しさが肌に突き刺さってくる。その感覚が妙に嫌で、私は急いで服を着た。
 財布と携帯、ついでにハンカチを小さな鞄に入れて、音を立てないようそっと障子を開ける。床も軋まないように細心の注意を払いながら歩き、素早く外に出る。
 履きなれたスニーカーを履いて、空を見上げる。ぽっかりと浮かんだまるい黄金色の月が見える。少し歪だから、満月ではないようだ。
 ぼんやりと見上げていると、後ろのほうから物音が聞こえてきた。その物音と同時に、慣れた気配がする。私は妖や妖術の気配を辿るのが得意だ。……箱田くんみたいに、千里眼を持っているわけじゃないから、彼ほど便利じゃないけど。
 私はその気配のした方に向かって歩きだした。きっとこの先にいるのは――

「限」

 呼びかけると、ぎょっとした表情で限が振り返った。まさか私がいるとは思わなかったのだろう。

「……、か?」
「うん、そうだけど……。怪我、してる」

 少し近寄っただけでも漂う鉄錆のような血の匂い。恐らく妖につけられた傷だろうことは容易に想像がついた。
 私はそっと限に近寄って、大丈夫なのかと視線で問うた。

「直に治る。気にするな」
「気にするなって……無理なこと言わないで」

 救護班を呼ぼうかなあと視線を雨戸にやると、限が右手を目の前に出して私を制した。本当に大丈夫なのかとも思ったけれど、傷だらけの右手でも十分動いてるんだったら大丈夫なんだろうなと割り切る。

「本当に、大丈夫なの?」
「ああ。これぐらいならすぐ修復される、平気だ」
「……修復されたって、痛いものは痛いと思う」

 痛いでしょ? と尋ねると、限は「別に」と言ってそっぽを向いた。――多分、図星だったんだろうな。私は鞄の中からハンカチを取り出して、限の顔に付着していた、返り血なのか彼自身の血なのかわからない血を拭った。
 お前は何をしているんだ、といわんばかりの限の視線を真っ向から見返してやって、私はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「もっと体大切にしなよ」
「……」
「痛みに慣れるとそれだけ死が近づくって言うし、それに――」

 私の知らないとこで限が怪我するの、嫌。
 最後の言葉は、掠れるように小さな言葉になってしまったけれど、きっとこの言葉は限に伝わったのだろう。限の頬が微かに紅潮した。

「……善処する」
「努力もして?」
「ああ」

 丁度良いや。限の傷が完全に修復されきるまで、私もここにいよう。そのまま、限の隣に腰を下ろす。
 夜の風が肌をなぞる。心は、自然と凪いでいた。




write:2010/10/18 up:2009/10/19
もう五年もたつんですね……。
そろそろ心も向上してきたので平和な頃のお話になりました。
とは言っても、この後限くんはヒロインさんのいないところで怪我をし、命を落とすのですが……
そこまで書いたら精神的に落ち込むのが見えていたので書きませんでした。わたし賢い。
けれどあなたは、私の知らないところで逝くの