炎呪の声は、酷く優しい。
私の脳に、甘く優しく融けこむように。
遠くもない過去の
「炎呪、優しくなったよね」
「…はぁ?」
「ヤマトと戦ったころ…?ううん。多分ウィナーズで準優勝した頃から、かな」
いつから、炎呪はこんなに優しくなったのか、私は指折り思い出した。
炎呪がシャドウの一員として活動していた頃は、総てのものを受け付けようとしない孤高の男だった。
それに、所謂一匹狼みたいなやつで、さらに酷いくらいに残忍で、極悪非道って言葉が面白いぐらいにお似合いだった。
「…別段、そんなつもりは無い」
「あはは、無意識?でも、本当に優しくなってるよ」
「………?」
私もシャドウの一員だったけど、炎呪みたいに破壊活動なんてしてなかった。
あの頃、辞めたかったのにシャドウのアババ様が私を手放そうとしてくれなかった。なにがあって私を大切にするのかは、全くわからなかったけれど。
それで、幹部の人とかが私を優遇してくれていた、とでも言えばいいのかな。私は、シャドウの隠し財宝と称されていた(らしいのよ)。
「…まあ、あの頃も優しかった、と言えばそうなるんだろうけど」
「…言ってることが違うぞ」
「そう?でもね、よくよく考えてみればすっごく優しかったんだよ。救われたもん」
辞めたくても辞めさせてもらえなくって、ユンファ兄弟の手伝いとかをやりながら、逃げ出すチャンスを窺ってた。それでも、監視の目はきつくって、緩むことを知らなかった。
あの日、何度目かの抗議を上にしたけれどまた受け入れてもらえなくって。苛立ちを隠そうともしないで缶ジュースを飲干して公園備えつけのゴミ箱に一直線にある言葉を叫びながら投げ入れた。
「辞めさせてよーっ!」
――いや、違う。
投げ入れようとした。
ゴミ箱付近を横切った男の頭に、見事ストライクゾーンど真中の直球が直撃したのだった。その男が、炎呪。名前だけは聞いたことがあったけれど、顔をあわせたのはこれが初めてだった。
「……っ!ご、ごめんなさい〜〜〜っ!!!」
「お前…俺に何か恨みでもあるのか」
「いーえ、そんな滅相もないっ!偶然に偶然が重なった事故です!」
「よくよく考えてみれば、ってどういう意味だ?」
「口が悪かったのよ、今以上に。だから、最初は単なる悪口とかにしか聞こえなかったのよ」
空き缶をぶつけてしまった私はお詫びと称して缶ジュースを奢ることになった。
炎呪のいう言葉には遠慮がなくて、歯に衣を被せてなかった。酷いことも、正しいことも全部遠慮なく口からぽんぽんでてくるから、どちらも混合して聞こえた。
「えーと、私の名前はと申しまして…」
「…ああ、アババの隠し財宝か。有名だな」
「何!?その表現。だから私出させてもらえないの!?」
「知るか」
「あう…えっと、あなたのお名前は?」
「炎呪」
これが炎呪との初会話で、初めて顔をあわせたときだった。
多分、お互い第一印象は最悪だったんじゃないかなぁ。炎呪は忘れてたみたいだけど。
「『辞めさせてよ』とか叫んでいたな」
「え、あ。うん。」
「ならさっさと辞めちまえば良いだろ」
「アババ様が、辞めさせてくれなく…」
「お前馬鹿か?」
「バ…っ」
「お前は誰かの許可が無くちゃ何も出来ない餓鬼か」
言われたときは、どうして初対面の人にこんなに言われなきゃならないんだろうなんて思ってた。でも、この言葉に背中を押されたのは事実だった。
――押された、って言い方より『逆上して』とかの方が妥当なのはどうかと思うけど。
「馳走になったな。じゃあな、ガキ」
「…っ!ガキじゃないっ!」
暫くはそのままシャドウとしてやってたんだけど、堪えきれなくなってまた上に直訴するも却下。
苛々が爆発して、そのままアババ様に「私、シャドウ辞めます!」って、それはもう高らかに宣言しちゃったのよね。
(それまでは『辞めさせてください』って言い方しかしてなかったから)
似たような頃に抜けたグレイやユンファ兄弟に付いて行って、今の私がいる。
「まー今でも十分口は悪いかもしれないけどね」
「……」
「でも、そんな炎呪に救われたのよ。私はね」
「…そうか」
「うん、そうなの!」
私はそう言って一口ココアを啜った。口に広がる甘い味。
炎呪は何か憮然とした表情を浮かべて私を見ている。
「どうしたの?炎呪」
そう聞くと、炎呪は何も言わないで私の背中に両腕を回して、私を引き寄せた。すっぽりと炎呪の腕の中に私は抱きすくめられた。
「お前は、俺が変わったと思うのか?」
「うん。ああ、でも」
「何だ」
「優しさ、は変わってないかもね。ただ、表現方法が変わっただけで」
「……そうか。お前は、変わらないな」
「え、変わってるよ、身長3cm伸びたし!」
「そうか」
私は不満そうな表情で炎呪を見上げたけど、なんだかとても優しげな炎呪の笑みを見て、何も言えなくなった。
ああ、でも。本当は何も変わってないのかもしれない。
ただ、二人の関係が変わっただけで。
ぎゅ、と私を包み込む炎呪の腕の力が少し、ほんの少し優しく、強くなった気がした。
2005/02/13
不意に書きたくなって物凄い勢いで書いた炎呪さん。
似非炎呪になっているところはスルーしてくれると嬉しいです。
名前変換が全然無くてごめんなさい。一度も呼ばれてないですね…。
ごめんなさい。
あ、でも珍しく甘くできて満足してます。