オ ク ビ ョ ウ








マフラーに顔を埋めて、小さく息を吐いた。
乾いた冬の空気に一瞬白い靄が浮かんですぐ消える。
真っ赤になった、平均より小さめな手。
手袋をしてこなかったことは小さな痛手だったかもしれない。
また息を吐いて、手をコートのポケットに入れた。

冷たい風が吹く。

その風は私に敵意を表しているのかと思うほどに痛く刺さって、そのまま通り過ぎていく。
ハイソックス越しにも刺さるその痛みはとっても鋭利な刃物のように感じられた。


「…痛っ…」


思わず声が出るほどの痛み。
血こそ出ないものの、そのまま心まで入り込み痛みつけていくような、そんな痛みだった。
ただ冷たいだけの風のはずなのに、私にとっては拳銃以上に恐ろしいものに思えた。



「どうしてそんなにいつもへらへらしてるの?」


…あなたがそれを聞くの?馬鹿馬鹿しいよ、あなたの機嫌を取る為の笑顔なのに。
あなたが望んだ、いつも笑顔で都合の良い友達。
これがあなたの望んだものでしょう?


「なんていうかー、正直ーウザイ?みたいな?」


自分のことなのに疑問系で終えないでよ。
どうして私を拒否するの?どうして、ねえどうして?
私はあなたと友達関係を築いていくために自分を押し殺して演じ続けたよ、都合の良いお友達。
拒否しないで、拒否しないで。
…行かないで、私を拒否しないで、置いていかないで。


「バイバイ……サン」


目の前が真っ暗になって、何かが崩れる音が脳髄を揺らした気がした。



思い出しただけ、ただそれだけなのに目頭が熱くなってくる。
歯を噛み締めてそれを堪える。
…泣くことないのに。あんなやつのために泣く必要なんてないのに。

もう、泣きそう

また私は息を吐いて、マフラーに顔を埋めた。
ふわふわの毛糸のマフラーは今の私にはあまりにも柔らかくて優しすぎた。
先刻からずっと背中を預けているレンガの校門は固く冷たかったけれど、私の体温を以て温かくなっている。
温かさなんて、もう私には関係無いもののように感じられた。

私の体温の温かさも、私の体温が移って温かくなったレンガも、別の世界のもののようだった。
温かさだけじゃなくて周りの喧騒も校門から出てくる人達も全てが別の世界のように感じられた。


「あれ…?なしてここに居るん?」
「…つこちゃん…?」


不意に、聞き慣れた声が別世界と私の世界のあいだにあった壁を打砕いた。
のろのろとマフラーに埋めた顔を上げれば、幼い頃から見知った顔。


「ここにはきちゃダメやて俺何べんも言ったよな?」
「…………」


この言葉に、少なからず安堵した。
聞き慣れた関西弁も、幾度となく聞いた声も、全部が今だけは私を落ち着かせた。
私と殆んど変わらない目線の高さ。その目がやれやれといった風に細められた。


「あーもう、はこないな寒い中で何しとったん?あ、もしかして俺のこと待っとった?」
「…つこちゃあん…」


優しすぎる言葉。
それで、私の感情の箍が融けて消えていってしまうような錯覚がした。
実際問題、錯覚ではなかったのだと思う。
…どんなに止めようとしても、涙が止まらない。


「ど、どないしたん?どっか痛むん?誰かに何かされたんか?」


声が、出ない。出そうとしても嗚咽となってそのまま空気に溶け込んでいく。
涙は引切り無しに溢れて頬を伝って落ちていく。
違うと言おうとして首を横に振る。
ふるふると何度も振っていると、手が伸びてきて、優しく私の頭を撫でた。
ああ、そうだ。幼稚園くらいのとき、私が泣いちゃったらいつもこうやってくれていた。
あの時と同じ、少し不器用だけど優しい手。


「ちーとばかし移動しようや。…ものどエライ視線集まっとる…」


小さく縦に頷けば、右手首を掴んでいつもより遅く歩いてくれた。
「見世物やおまへん。ちゃっちゃか退きぃや」


すっと缶のココアを差し出された。
まだ涙声だったけれど、ちゃんとお礼を言ってそれをありがたく頂くことに。


「…りがと」
「別にええんやけど、…何があったん?」


ココアを両手で包んで手の悴みを取ろうとしていれば、そう問われる。
どう答えようか、そもそも言っても良いものか悩む。
…言わないほうが良いのだというのは考えずとも明白だけれど。


「…………」
「言いとうない?」
「ん、できれば」
「それなら、ええや。でも、、無理はするんやない」
「…ありがと、」


また頭を撫でられる。
先刻まで痛くて仕方がなくて、それ以外に何も考えられなかったけれど、今なら他の事も考えられる。
まだ痛いけれど、この痛みもどうにかできそうだと思えた。


今は。…今だけはこの傷、痛みがはやく癒えることを。





2005/04/15
あれ…?どうして?なにこの夢じゃないもの。つこちゃんの夢を書く気だったんだけど。
前半のノリがどうしてあんなにも暗いのか私にはさっぱり…。
ダメだ、バルヨナで女の子を上手く絡ませられない…。
…今後、要リベンジ。…つこちゃんは男主人公だけで良いかもしれない…。
バルヨナっこは男主人公でお遊びでじゃれあってる感じが一番書きやすいです。

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