トクサネ到着、ポケセン直行。

「え? ……もう、空きないんですか?」
「本当に申し訳ないのですが……。もし『そらをとぶ』を覚えているポケモンがいらっしゃるんでしたら、自宅のほうへ帰られることをお勧めいたします……」
「そうですか……」

 とりあえず、ポケモンの回復だけをお願いし、私はいそいそとポケモンセンターの外へと出た。空気が美味しいけれど、今はそんなことをしみじみと感じていられるほどの余裕はない。空を飛べるポケモンは、今のところ、私の手持ちにはいないのである。まあ、本当ならいるんだけど、旅先で会った女の子(ハルカちゃんっていって、私の住んでいたところに引っ越してきたらしい)に貸してしまったので、今は出来ないのだ。
 特に行く宛もなくて、私はゆっくりと散歩をはじめた。みんなの体力が尽きそうで、到着と同時にポケセンに走ったから、禄に見物もしていなかった。散歩がてら、見て回ろう。
 ゆったりとしたペースで歩く(ユウキくんに言わせると、「そんなにとろくさく歩ってるから色んなトレーナーや面倒事に絡まれるんだ」らしい。私にはそういうつもりはないけれど、確かによく他のトレーナーと戦っているような気がする)。――そういえば、ユウキくんは今頃何をしているのだろう? このあいだ、ポケナビで話した博士は、「ユウキならの後を追って旅に出たよ。『には負けられない』とか言っちゃって、青春だねぇ」と言っていた。その数日後、唐突にユウキくんからエントリーコールがあったときは、本当に驚いた。あの時は、ツツジに苦戦して、まだ勝ててないと悔しげに言っていたけど……いまはもう勝ってるよね、きっと。
 ぼんやりと考えながら歩いていると、目の前で男の子がすてんと転んでしまった。慌てて駆け寄り、鞄の中からきずぐすり(対人用)を取り出す。

「いたいよぅ……」
「大丈夫大丈夫。すぐ痛くなくなるからねー」

 傷薬をハンカチに染み込ませて、傷口をそっと撫でる。男の子は少し痛そうに顔を顰めたけれど、すぐにその顔を元に戻した。

「おねえちゃん、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「お礼にコレあげる。おうじゃのしるしって言うんだって」
「え、良いの? ……ありがとう」

 20cm程の金色の王冠みたいなものを受け取り、私は男の子にお礼を言った。すると男の子は、照れくさそうに笑った。

「どーいたしましてー」

 そこまで言って、少年は何かに気付いたように「あっ」と短く叫んだ。私は首を傾げ、「どうしたの?」と問い掛ける。

「それ、ダイゴさんにもらったやつだから、ダイゴさんにはナイショな!」

 聞き覚えのある名前に、一瞬硬直した。

「……ダイゴさんって、デボンコーポレーション社長の息子さん?」
「うん! 知ってるの?」
「うーん、顔見知り……かな。一応互いに知ってはいるよ」

 私は、それ以上の感情を抱いているけれど、ダイゴさんに言ったことはない。悟られたくない、と思って行動してはいるけど、何だかんだいって行動にほんの少し出ちゃってるんじゃないかとも思う。

「あのダイゴさんの家な、あそこなんだよ。石の採集とか言って、滅多に帰ってこないけど」

 そう言って、少年は一つの家を指差した。想像していた家よりは小さな家(それでも、充分立派だけど)。少年はそういえば、と私の言葉を待たず言葉を続けた。

「今、おねえちゃん急いでる?」
「ううん。今はのんびりお散歩中よ」
「じゃあ、僕の家おいでよ! おかーさんにおねぇちゃんが助けてくれたって紹介するから!」

 そこまでしてもらわなくても良いよ、と言おうとする前に、男の子に腕を引かれる。一瞬バランスを崩しかけたが、蹈鞴を踏んでバランスを保つ。ちょっと待って、もう少しゆっくり歩こう、また転んじゃうよ、のどの言葉を言うことも出来ず、私はその男の子の家へお邪魔することとなったのだった。


「本当にありがとうねぇ」

 男の子――シュンくんというらしい――のお母さんは、快濶に笑う元気な方だった。淹れていただいた紅茶に口をつけて、「いえ……それ程でも」とやんわり返す。シュンくんはおやつのどらやきに齧りつきながら、にこにこと笑っている。

「結構遠くから来たみたいだけど、ポケモン連れてるんだろう……ってあれ? 今はいないのかい?」
「ええ……ポケモンセンターに預けてしまったので」
「そういえば、今日はロケットの打ち上げがあるから随分人が来てるはずだけど、ポケセンは空いてたのかい?」
「……いえ……今日は野宿かなあ、と思ってまして……」

 そう告げると、シュンくんのお母さんはすごい驚いた顔をした。

「こんな可愛い子が野宿なんて危ないこと! いけません。でもねぇ、うちに客間はないし――」
「いえっ、そこまでしていただくわけにはいきません。お気持ちだけで十分です」
「おかーさん、ダイゴさん家は? 今日だって帰ってこないよ、きっと」

 シュンくんの言葉に私は頭を傾げた。どうして今この話題でダイゴさんという言葉が出てくるのだろう? 疑問に思っているのは私だけらしく、シュンくんのお母さんは「それはいい考え!」と言って、タンスを漁りはじめた。私はシュンくんに尋ねる。

「ねえ、シュンくん。どうしてダイゴさん家って言葉が出てくるの?」
「んー。ダイゴさん、家ずっと空けてるから掃除もずっとしないの。でね、ダイゴさん、留守中の家のお掃除は、僕ん家に頼んでってるの」
「そうなんだ……」

 自宅がトクサネにあるのに、旅先で随分ダイゴさんに会ったなぁと思っていたけれど、随分と家を留守にしていたのか。そう考えれば納得がいく。――ってちょっと待って? 今、鍵を探してるってことは、私をそのダイゴさんの家に泊めてくれようとしてるってこと?

「いえっ、あのっ、私――」
「はい、見つかった! ここのお家、家主さん今旅に出てていないから、寝室でも借りなさい」
「そこまでしてもらうわけには、あの」
「借りなさい、ね?」

 シュンくんのお母さんの凄みに、私は負けた。ああ、そういえば、これもユウキくんに言われていたような気がする。「は押しに弱いんだから、早いうちに逃げろよ」って。ああでももう遅いです、私はもう拒否できません。これはあれですか、やっぱり私がダイゴさん家へ泊まるということなのですね。アーメン。私はキリスト教徒じゃありませんけど。


 † †


 夜も更けて、私はダイゴさんの家でたった一人ぽつんとソファに腰を埋めていた。何時もならそろそろ寝ようかな、なんて言い出す時間だけど、好きな人の家にいるってだけでそんな気が起きないから、人間の感情って不思議だと思う。
 この妙に気恥ずかしい気持ちを晴らすことの出来る相手はいなくて、私は一人、わたわたと感情を持て余したまま、ソファに身を沈めてる。ポケナビを使って、電話越しに誰かに話して心を落ち着かせようとしたけれど、やめた。今のこの状況を、上手く伝えられる自信がなかったのだ。さすがに、家を使わせてもらってるダイゴさんにだけは連絡しようと思ったのだけど、洞窟の奥深くにでもいるのか、ポケナビは繋がってくれなかった。他に話し相手になり得るポケモンは、みんなポケモンセンターに預けてしまったので、やっぱり私は一人でこの感情をもてあます。
 静かに呼吸する。静謐な夜の雰囲気。尖ったような感覚を憶えるそれ。でも、どことなくやわらかな感じがするのは、ここに自然が多いからなのだろうか? もう一度息を吸う。丹田に謐かな空気を留め、ゆっくりと息を吐いた。

「うん。落ち着いた、かな?」

 明日はジムに行くから、早く寝ないと。深呼吸で落ち着いてクリアになった脳は、気恥ずかしさもまだ残ってはいたものの、そう結論付けていた。
 座っていた腰をあげて、ベッドへとそろそろと近寄った。じっとベッドを見つめる。ぱちん、と、小気味いい音を立てて、手を合わせて目を瞑る。

「……ダイゴさんごめんなさい。今日だけ、お借りします……」

 ゆっくりと言葉を発して、私はそろりとベッドの中にもぐりこんだ。
 冷たいシーツの感触が肌を撫ぜる。私の熱と混じってじわりと心地好い温さになっていく。予想以上にふかふかだった枕に、私の頭は驚くほど容易く沈んでいった。目蓋はさっきまで眠ろうと思ってなかったのが冗談のようにすぐに落ちてきた。ああ、このまま眠ってしまおうと、すぅ、と深く息を吸い込む。と、じんわりと意識が浮上した。どこかで嗅いだような甘い匂いが、枕から香るのだ。嗅ぎなれたわけではないけれど、どこか愛おしさを感じるやさしい香り。
 一体どこで、と思うのとほぼ同時。私の頭にはたった一人の顔がよぎった。色白の肌に青い目、薄い水色の髪――。優しく頭を撫でてくれた手の感触を思い出して、私は蒲団の中で赤面した。
 この甘い香り。ほんの少しの、あまやかな匂いは――。

「ダイゴさんの、オーデコロンだ……」

 あと、たぶん、整髪料の匂い。
 香りの正体を理解した瞬間、私は慌ててがばりと身体を起こした。その勢いで、かぶっていた蒲団が私の上からずるりと落ちていったけど、そんなの気にしてる余裕はない。顔は真っ赤、心臓はばくばくいってて、もう寝るなんて言ってられない。ダイゴさんの、好きな人の匂いに包まれたままで眠れるほど、今の私は冷静でない。考えれば考えるだけ体温が上昇してゆく。思わずベッドの上で正座してしまうくらい。

「うぅうう……はずかしい」

 悲鳴にもなりきってない呻き声がもれていく。思わず、ダイゴさんにぎゅうっと抱きしめられたらこんな感じなのかなって一瞬考えてしまったなんて、誰にも言えない。岩が崩れそうになったときに助けてもらった腕の感触とか想像しそうになっちゃったなんて、絶対、いえない!

「平常心、平常心」

 ぺち。ぺちぺち。頬を両手ではたく。一息吐いて、ぼすりと音を立ててベッドに倒れこんだ。意識を切り替えないと。ああもう、色んなことで脳内がいっぱいいっぱいで寝れない。ぐるぐるしてる。けど、その思いの根幹は全部ダイゴさんに繋がってる。なんだか、私って単純だなと思う。

「今だけ、今日だけ。――本当は、こんなこと出来ないし、してもらえないから」

 だから、今だけダイゴさんの香りに包まれて、寝てしまおう。そう言い聞かせて、私はそうっと目を閉じた。





2006/12/20
これはダイゴ夢を名乗っていいのかしらと一瞬思いましたが、名乗ります。これはダイゴ夢です。
正直な話、今更って感じもしないでもないですが、リプレイを女主人公にしちゃったおかげで夢創作意欲が鰻上りです。
ダイゴと話してないじゃんとお思いの方もいらっしゃるのでは。かくいう私もそうです。ああダイゴ。スティーブン・ストーンでも構いませんとか言っちゃったらもう終わりでしょうか。……困ったことに私は言えます。まあ、ツワブキさん家のダイゴくんのほうが好きですよ。使用言語が日本語か英語かって違いですけど。
タッグバトルでボール投げる姿に見蕩れるためだけに買った、私のエメラルド……。つかルビサファのどちらかも欲しいです。持ってないんです。チャンピオンなダイゴさんにも逢いたいよ……! 時を越えて! Go over time & space!
貴方に包まれたようで