不安になったその先に

「一度しか言わん。よく聞け」

 大きな手で私の頬を包み込んだまま、瀬人は何時も通りの低くて静謐な声で言った。冷たいけれど優しい手。デッキを切り、カードを繰る、瀬人のいのち。その手で、瀬人は、私をなぐさめる。あたためる。私のささくれを、しずかに、やさしく、つつんで癒してく。
 その指の感触が久し振りのような気がして、私は緩々と目を瞑りそうになった。

「未来へのロード……それに向かうオレの隣にいるのが、よもやお前以外の者がいるなどと思ったか」

 瀬人の微かな怒りが篭った声。怒られている、と感じたけれど、謝るよりも先に、頷いていた。瀬人は、隣に誰もおかず――夢を共有したモクバだけを連れて――未来へ向かってしまうと思っていたから。
 頷いた私を見て、瀬人は眉根を寄せた。

「俺の隣を歩かせるのは、だけだ。このオレが、お前を手放さん」

 瀬人の碧眼が、私をまっすぐ見つめている。凪いだ海のような、綺麗な瞳。羨ましいぐらいに深い色。私は力なく垂れていた右腕を緩々と上げて、瀬人の瞳の横に、そっと指先を宛がった。

「……一緒にいて、良いの?」
「お前が嫌がろうと、俺は手放さんぞ」

 一瞬の間をおいて、「絶対にな」と続けて、瀬人は笑った。微かな笑み。ずっと一緒にいた人にしかわからないぐらい僅かな表情変化で。それを見た瞬間、どうして私はこんな馬鹿馬鹿しいことで悩んでたんだろう――と、素直に思った。
 瀬人の感情の機微なんて血が繋がってなくても感じ取れるのに。瀬人が精神的に弱った時も、私が苦しくてしょうがなかった時も、私たちは一緒にいたのに。どうして必要とされてないなんて、思ったんだろう。

「私も、絶対に離れないわよ?」

 覚悟してね、と告げて、流れるように、瀬人の眼の下に出来ていた隈をゆるりとなぞった。私がいなかった間に何か会社で不都合があったのだろうか。――それとも、私が心配で眠れなかったのだと、思いあがってもいいの? そんな私の思いを知ってか知らずか、唇を弓形にした瀬人が目を細めて嫣然と哄笑する。

「それはオレの台詞だ」

 私の頬に触れていた腕がそのまま引かれて、私たちは、ゆっくりとキスをした。






write:2008/07/26 up:2009/01/06