「デンジさんってなんなの? おっきなオモチャを手に入れた子供みたいに見えるんだけど」
私は紅茶に沈めていたレモンの輪切りを引き上げながら、目の前の世話焼き男、ヒョウタ(少なくとも私は幼い頃からヒョウタにお世話されてばかり。私がマイペースなのが問題なのかな)にぐちぐち愚痴を連ねていた。
今の言葉を聞いていたヒョウタは苦笑して、珈琲を一口飲んだ。ブラックのままで珈琲が飲めるヒョウタはそれなりに大人になったと思う。昔は砂糖とミルクを入れないと珈琲飲めなかったくせに。と思うと少し微笑ましい。かくいう私は未だに珈琲が苦手だったりする。
「……、ジムをオモチャ扱いかい?」
「私はオモチャ扱いなんかしてない。デンジさんはどうだか知らないけれど」
そもそも、ジムをオモチャ扱いしてるんだったら、ヒョウタがジムリーダーになったと噂で聞いただけで、引っ越し先のナギサシティからお祝いに駆け付けるなんて真似しないから。
と言うと、ヒョウタは「それもそうだね。その節はありがと」と返してくれた。
「それにしても、ナギサシティはそんなに頻繁に停電するの?」
「うーん、月に一、二回くらい。……ねぇ、ジムリーダーって、そんなに暇なの?」
デンジさんは暇だからって大義名分をかざしてジムを改造しまくるんだけど。と言葉を重ねた。
「ははは……」
ヒョウタはまた苦笑した。私にしてみると結構切実なんだけどなぁ。楽しみにしてたドラマの日、その時間を狙ったかのように停電するなんて、どれだけ間が悪いんだろう……!
毎回毎回、街灯すらも消えていて暗い町の中を歩いてデンジさんのところまで行くんだよ。「早く復旧させて」って頼みに。でも、私が何を言ってもデンジさんは気にしないで、すぐにジムの改造に勤しむんだから。本当、勘弁してほしい。
「で? 今日はその愚痴をしに、クロガネまで来たのかい?」
「む。何だか刺があるわ、その言い方。私がここに来るの嫌? 邪魔かしら、私」
「いやいや、そういう訳じゃないよ。なら歓迎だから」
「私……なら? 私みたいにヒョウタに愚痴ってる人、他にもいるの?」
だったら少し愚痴は控えるよ、会いには来るけど……と言うと、ヒョウタは眉を下げて笑い(誤魔化し、かな)、私の目の前にあるティーカップをひょいと持ち上げ、紅茶を飲み干してしまった。別に文句は無いのだが、ちょっとむっとしたので、ヒョウタの珈琲を一口拝借する。……うう、やっぱりミルクも砂糖も入ってないと苦いなぁ。
ふと視線を感じて顔を上げると、ヒョウタはぱちくりと目をまばたかせていた。
「ああ、うん……。確かにそうかも」
「何が?」
首を傾げてヒョウタに問うと、「別に何でもないから、気にしない」と返された。釈然としないけれど、特に追及する理由もないので、何も聞かないことにした。
ヒョウタはふぅと息を吐いて、私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「ちょ……っ、ヒョウタ!」
「うん、はそういう人だよね」
「……? えーと、私はその科白に何て返せば良いのかな」
「独り言みたいなものだから。気にしないで」
ヒョウタはそれきりそのことについては何も言わなかった。
意外と意地っ張りなヒョウタは、一度「言わない」と決めると絶対に何も言ってくれないから、私は何も聞かないことにした。優しいヒョウタのことだ、私のために隠してくれているんだと思う。
「最近、ナギサシティは停電してる?」
「うん、最近どころか昨日停電したわ。昨日はちょっと体調が悪かったから、ジムに行かなかったけど」
「ふーん……」
ヒョウタは顎に手を当てて、意味深に息を吐いた。どうしたの? と問うと、ヒョウタは「色々とアレだね、彼は」と少し笑いながら言った。
「彼ってデンジさん?」
「ああ。あの人は大概不器用で空回ってるなと思ってね」
「……デンジさんは実は不器用で、そのせいでナギサシティがしょっちゅう停電するってこと?」
「それは違うからね」
呆れたような口調でヒョウタに諭された。……じゃあ、どういう意味? と尋ねるようにヒョウタの目を見つめていると、不意に視界が真っ暗になった。
「ひわっ!?」
「……何吹き込んでんだ」
頭のてっぺんに、ずしりと重みがした。目に当てられた手が離れていく。振り向いて犯人が誰か確認しようとしたけれど、頭が重くて振り返れない。
私の胸の前で組まれてる手は、どこかで見たことがある。
「デンジくん、それは人聞きが悪い。真実を言ってるまでだから」
「……どこが真実だ、大法螺吹き」
低い、心地の好い声が降ってきた。
ヒョウタは言われたことなんか気にも留めず、「ほら、が重そうにしてるから退いてあげて、デンジくん」と珈琲を飲みながら言った。渋々(顔が見えてる訳じゃないけど、たぶんそうなんだろう)デンジさんが私の頭を開放してくれた。
「きみも飲むかい?」
「……ああ」
デンジさんは私の横の椅子に座り込んだ。それはもう、至極ナチュラルに。その光景を見ていたヒョウタは、にこやかに「紅茶? 珈琲?」とデンジさんに問い掛けていた。
ヒョウタって、結構したたかな気がする。
「お前は」
不意に私に声が降ってくる。
「え? なに、デンジさん」
「……お前は何飲んでた?」
「私? 私は紅茶。苦いの、苦手なの」
「そうか……ヒョウタ、俺も紅茶」
「はいはい、だろうと思ったよ」
きみの行動は、本当に決定打に欠けるね。とヒョウタはからかうように続けた。
「……うるさい」
デンジさんは不機嫌そうにそう返したけれど、いったい何の話だろう? 私には何全くわからない。残念だけど。
「はまだ知らなくて良いんだよ」
「ヒョウタ、いつの間に私の思考読んだの……?」
「長年の付き合いだからね、顔を見ればわかるよ」
「……そだね。納得」
ヒョウタ、それは俺への当てつけか。も、そんなんで納得するな。
と、デンジさんが呆れたような怒ったような、よくわからない声で言うのを、ヒョウタはやっぱり笑うのだった。
write:2007/09/11 up:2008/07/11
フラッシュメモリの片隅に残ってたメモより。なんていうか、当時の私はコレを連作にでもするつもりだったようですよ。
なんていうか、うん、書けそうだなーと思ってしまう……。私の中のデンジは妙なところで行動力のあるへたれになってしまったから……。
ヒロインに会いたいときは街を停電させるという妙なところで行動力のあるへたれなデンジと、そんなの露知らず停電の度に早く復旧するよう急かすヒロインと、二人に愚痴られるので全て丸わかりなヒョウタのお話。
世話焼きってタイトルにしたけど、全然世話焼かないで現状を見て笑ってるだけだよね、ヒョウタ。
残念ながら世話焼きになるのは対ヒロインのみのようです。
企画手詰まり気味でサイトの更新がないのが申し訳ないのでとりあえずあげますよ、っと!
へたれと鈍感と世話焼き