わかっていた。
彼が"シャドウ"にいた理由は、妹を救うためだったということも。
彼が何よりも妹を大切にしていることも全部、全部知っていた。
知っていたけれど、ここまで明らかな落差を見せ付けられるなんて。
でも、少しはこうなることを私は予想していたのだと思う。
胸に、鈍く痛みが広がっただけで、酷い痛みはしなかった。
じわじわとした鈍い痛みがずるずると胸を占める。
痛い。
痛いよ、グレイ。
未だに痛みは治まることを知らないから
「ひどいと思わない?恋人がいる身なのに、妹に現を抜かしてさー」
「ああ、そうか」
「ねえ炎呪、私の話ちゃんと聞いてる?」
「ああ、もう何度もな」
幾度も似たような話を聞けばいくらお人好し云えど真面目に聞く気など失せるだろう。
炎呪は溜息をつきながらもう半分ほどに減った珈琲をスプーンでかき混ぜた。
はまだ手をつけていなかったミルクティーを、一口飲んだ。
甘くて、まるで今の私たちとは正反対だわ。
は自嘲気味な笑いを浮かべた。
「砂糖も入れてないのに何で混ぜるのよ」
「現実逃避でもしたいな、と思ってな」
「少しぐらい聞いてくれてもいいじゃない」
は小さく唸って、テーブルに備え付けられているペーパーナプキンにボールペンで渦巻きをかいた。
ぐるぐる、ぐるぐる。
黒い色の渦巻きは、の心の内で色々な感情が渦巻いていることを表していた。
「炎呪は強くなりたいの?」
「ああ。ヤマトに実力で勝つ能力が欲しい」
「……私も、強く在りたいよ」
ぽつりと呟かれた言葉は、今までの悪ふざけが交じっていた言葉なんかではなくて、
自身の傷を表しているように炎呪には感じられた。
「わぷっ…炎呪、何するの?」
目と鼻の先にメニューを突きつけられて、は驚いたような声をあげて、炎呪を見上げた。
炎呪はと目を合わせないようにそっぽを向いて、一言言った。
「甘いものでも頼め。奢る。――それで、元気出せ」
「…………ありがと」
心持ち、優しい炎呪の言葉が痛んでいた私の心に優しく解ける。
その優しさは、私の心の痛みを少しだけ、ほんの少しだけ和らげてくれたような気がした。
は小さく炎呪に微笑み返すと、そっとメニューに目を落とした。
「すみません、いいですか?」
「ご注文の追加ですか?」
「はい、ザッハトルテお願いします」
「畏まりました」
は注文すると、メニューをテーブルの端に立てかけた。
炎呪はぼんやりと窓の外を見た。
外には長閑な景色が広がっていた。色褪せたような、そんな景色が。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」
ザッハトルテをそっと口に運んだ。
甘味がじんわりと口の中に広がって、はきゅうと胸が締め付けられた。
こんな風に、グレイと喫茶店でお茶っていうのもしたことが無かった。
付き合い始めたのは私が"シャドウ"に連れ去られた時。
要するに、グレイが妹の為に躍起になり、半ば自暴自棄になっていた時だった。
私は外に出る自由を奪われていたしグレイは妹を人質に取られ自由を奪われていた。
そんな状態で、デートなんて甘いことは言ってられなかった。
「グレイは、リエナちゃんが一番大切なんだよ」
自分で言った言葉だったけど、思ったよりその言葉は鋭利で、私の心に深い傷を負わせたのだった。
2005/03/15
女っ誑しグレイ(笑)。
バトビーネタって楽しくできそうなネタ多いのに私ってばシリアスばっかね!
…そういえば、私は今までまともなグレイを書いていない。
グレイファンさん、いたらごめんなさい。
グレイはシスコン、ってイメージが強すぎて恋愛要素を入れるのが怖い。
……そろそろ克服しなきゃですかー?
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