祈、この笑顔が曇らんことを。

どうかあの優しい笑みが消えないことを。

それだけでいい。
ただ彼女が幸せそうに微笑んでいることを祈る。








温かさ








「ねえウェン、ちょっと聞いて、ちょっとでいいから」
「お前は前ちょっとでいいからとか言いながら1時間喋り続けただろ」
「今日はちゃんとちょっとで済ませるから聞いてよ」


は「今日はちゃんと私がコーヒーでも奢るからお願い!」と言い、両手を合わせた。
俺も大概、こいつに甘い。
溜息をついて、俺はさっさと歩き出した。


「ちょっとーウェン聞いてってばー」
「聞いてやっから。珈琲奢ってくれるんだろ」
「ありがとー!」


は俺の言葉を聞いて綻んだような笑顔を浮かべる。
数歩前を歩いていた俺の後を追うように歩き出した。無意識の内に俺自身の歩みが遅くなる。
やはり俺はこいつに甘い。
甘くなければこんな生温い関係を続けてなんてこれなかっただろう。


「缶コーヒーで良いの?喫茶店の何で500円もするのか理解できない珈琲頼んでいいのに」
「贅沢はしないようにしてるからな」
「使うのは私なんだしもっと贅沢すればいいのに」
「いや、缶コーヒーでいい」
「そう?じゃあはい。120円で良いよね?」


青を基調とした財布からは100円玉と10円玉2枚を俺のてのひらの上に落とした。
それを手の中で玩びながら自販機にそれを入れて適当なボタンを押す。
落ちてきたブラックコーヒーの蓋を開けて、それを一口飲んだ。


「で、今日はどうした。何かあったか?」


そう問えば、の複雑そうな表情が目に飛び込む。
右手は強く握られ、何かを堪えているかのようにも写る。
そんな顔は、して欲しくない。
見ていて切ないし、何より俺はが笑った顔でいることを祈っているから。
そんな顔は、見たくない。


「…大丈夫か?」
「――あ、うん。大丈夫大丈夫」


「あははー」なんてブルのようなへらへらした笑いを浮かべては右手を上下に振った。
その表情は明らかに空元気で、薄っぺらな嘘のような笑みだった。
そういう笑顔でいて欲しい訳じゃない。
心から温かく微笑んでくれることを祈っているから。


「やっぱ私さ、リエナちゃんに敵うわけが無かったんだよね」
「………」
「グレイはリエナちゃんが一番大切な人。他の何も誰も入る隙間なんて無いよね」
「……
「どうにか綻びを見つけてグレイの一番になりたかったけど」


そう言って、は一拍の休符を入れてふっと悲しげな表情を浮かべた。
悲しげな笑顔で、悲しい言葉を紡いだ。



「やっぱそれは不可能だ、ってわかっちゃったの」



切なげに溢された言葉が、乾いた風に融けこんで消えた。
の悲しげに微笑まれる顔は見るからに無理をしているようで見ているこちらが辛かった。


「道化師にでもなったみたい。無意味なことを繰り返して、少し優しくしてもらっただけで舞い上がって」
「…もう止めろ。もう言うな」
「でも何をしてももうグレイはリエナちゃんしか見えないから」


上擦った声で言うと、は俯いた。
ただただ雫が純粋な目からはらはらと零れ落ちる。
嗚咽が零れないように唇を噛んでいるが見える。
震える肩を抱き寄せる権利すらない俺は俯くの頭をぽんぽんと優しく撫でて、顔をに近付け囁いた。


「堪えなくていいから、泣いてすっきりしちまえよ」


瞬間、は箍が外れたかのように嗚咽を洩らしながら泣き出した。
ただただ涙を溢し、嗚咽を溢す。
泣くの頭を優しく、優しく撫で続けた。
これで、の傷が癒されるように。
これで、無理なく心から笑えるようになるように。



* *



「ん、ありがとウェン」
「別に、な」
「でもありがと」


気恥ずかしそうには笑った。
恐らく、泣き顔を見られたのが恥ずかしいのだろう。
の笑みにはもう違和感は無かった。


「じゃまたねウェン」
「おう、またな」


は歩いていった。その後ろ姿はいつもよりも弱々しく見えた。
きっと、まだあいつは立ち直ってないし、まだグレイを諦め切れてない節があるだろう。


「道化師にでもなったみたい、か」


先ほどが言っていた言葉を反芻した。
『道化師にでもなったみたい。無意味なことを繰り返して、少し優しくしてもらっただけで舞い上がって』
が道化師なら、俺は愚かな道化師だ。
道化師に想いを寄せ、無意味なことを繰り返す――



それでも、俺はが笑うことを祈る。
そんなを見ることが、俺の幸せだから。



祈、が心から笑えることを。





2005/02/13
ふっと書きたくなって書いた三角関係的ウェンさん。
誰も報われ無さそう。
きっとウェンはずっとヒロインを想うしヒロインもずっとグレイを想うしグレイはリエナを想うし。
…にしてもウェンが似非ウェンだなぁ。軽くスルーしてください。
名前をちゃんと呼ばせる、がコンセプトでした。
いつか甘いの書きたいです。