相棒のノートパソコンを小脇に抱えた見慣れた姿を捉えた私は、その背中に向けて声を上げた。くるり、と少し訝しげに振り返る姿には何ともいえない哀愁が漂っている。
 『何があったんだ』と思うと同時に、にやりと笑う(鬼畜な)のとくんと目が合って合点がいった。――また何かを企ててるのね、のとくん。心の中でひなじに葬送曲を送りながら、のとくんに愛想笑いをしておいた。(だってあの人、しておかないと怖いよ…!)






 ■ 冬の過ごし方 ■ パターンA! 春日部ひなじです!






「……助けてあげられない非力な私を許してね」


 言おう言おうと思っていた言葉は飛び出さず、思わずのとくんには絶対届かない大きさの声でひなじにそう言っていた。
 ひなじは力無く首肯すると、同じくらい力のない声で私に返してきた。


「ありがとう…。でも、のとタンに逆らうのはあの人以外無理でつ……」
「そうだね…うん…」


 ふたりで暗く重い雲を背負って、同時に息を吐いた。廊下の片隅が、暗雲漂う近寄り難い場所と化す。
 その雲を掻き消すように、私は敢えて極力明るい声を出した。


「そ、そういえば冬コミ受かった?」


 唐突な話題転換すぎたのか、ひなじは一瞬「え!?」と言わんばかりに驚いた顔をした。でも、その驚きはすぐ消えて、残念そうな表情に変化する。


「落ちますた…。うっかり書類不備あったみたいでつ…」
「うわ、お疲れ。私は不備じゃないけど落ちたー。冬は倍率高いよね」


 しきりに首を縦に振って同意を示すひなじ。
 ぼんやり視線を彷徨わせると、のとくんはもう廊下にはいなかった。――それに少なからず安堵してる自分がいるのは驚きだ。やっぱり恐怖は身に沁みるんだね……。


「冬コミあわせでネーム切ってたんでつけどね…無駄になりますた」
「残念ね。まあ早いうちにネーム終わらせるのも気楽じゃない?」
「そうでつね…」


 またほんのりと暗い雲を背負いそうになったが、踏み止まった。ひなじもその雲を無かったことにしようとしたのか、頭を過振っていた。
 私はネームから話題をほんの少しだけ逸らす。


「とりあえず、どのサークルさんが受かったかインターネットで探しとこうかなー……」
「うきゅー。早くパンフ欲しいでつね」
「そだね。今年も打ち合わせして、欲しい本は全部手に入れられるように頑張ろ!」
「頑張りまつ!」
「おー!」


 最後の言葉は、ふたりの声が重なった。廊下の片隅、あまり大きな声では出来ない不思議な会話。
 ――私たちの、何人たりとも侵せない、不可侵トーク。





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