飴 色 の 教 室
部活中、忘れ物に気付いて教室に取りに行く。
部員が少ないからこんなに気侭にできる。
大会のときは心細いけど──。
開け慣れた教室の扉を横開きにして、目に入った景色に私はちいさく声を上げた。
「…梅宮くん?」
クラスメイトの梅宮くんが私の机(椅子もだ…)を占拠してぐっすりと眠っていた。
「寝てる、の…?」
恐る恐る近付いて、そっと顔を覗きこんでみる。
綺麗で端正な顔がそれはもう無防備に晒されている。
思わず息を呑んじゃうくらいに綺麗。梅宮くんが男の人だってことを忘れちゃいそうなくらいに…。
「あ、の。梅宮くん起きないの…?」
退いてもらわないことには、忘れ物を取れない。
普通の人なら平気で起こさないで取って行っちゃうんだろうけど、私には無理なこと。──だって、わたしは。
「──ん」
「…起きた……?」
「…すぅ」
ただの寝言のようだった。
安心しかけた私が馬鹿馬鹿しくなってくる。
肩を掴んで揺すれば良いのかもしれないけど、それもやっぱり私にはできない。
「梅宮くん起きて…もう放課後だよ…?」
机に入れっぱなしの近いはずの教科書が、今はとても遠いもののように感じた。
悠々と眠る梅宮くんの口が、微かに上下する。私の視線は自然とそちらの方を向く。
「…………」
「…あ、起きた?」
「?」
「うん。梅宮くんおはよ…ッ」
「本物?」
両頬にあったかい手の感触がした。マメがあって、ちょっとがさがさしている、男の子の手……。
いやだ。──怖い。私の躯が硬く強張る。
だから、梅宮くんの言葉には全力で首を動かして首肯することしかできなかった。
「夢じゃない──?」
うわ言のように梅宮くんが呟くと、彼の目がくわっと勢い良く開かれ、私の頬っぺたから手が離れた。
「ごめん、。大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫。ちょっと驚いただけ」
嘘ではあった。
けれど、本当のことを言って無駄な心配をさせる必要もない。
「そういえば、はどうしたの?」
「あ、忘れ物を取りに…」
来たんだけど、梅宮くんが寝てたから…と続けていくにつれて小さくなっていく語尾が情けなかった。
梅宮くんはそんな私を見兼ねたのか、机の中から教科書を取り出すと差し出した。
「これ?」
「あ。うん、そう」
「はい」
「あ、ありがとう梅宮くん…」
うわずった声でそう言って、教科書を受け取った。
梅宮くんは私のその反応に驚かないで「どう致しまして」と言ってくれた。
「ねえ」
「え、あ、うん。…何?」
忘れ物も見つけたので、部室に帰ろうとしていたら、唐突に名を呼ばれる。
振り返ると梅宮くんがにこりと微笑んでまた私に話し掛ける。
「ちゃんって呼んでも良い?」
「え?」
「ダメ、かな?」
梅宮くんの声が哀しげに揺れて、私の良心がちくりと痛む。
私は手の震えを隠そうとして、自分の制服の裾を摘んで声をあげた。
「あ、えと、あの。ダメじゃ…ない、よ」
「ほんと?」
「…うん、」
声は少しだけ掠れたけれど、ちゃんと声が出た。
やや小さな声ではあったけれど、その声は梅宮くんの耳まで届いたようだった。
「ちゃんさ、みんなからさんとかとか絶対苗字で呼ばれてるでしょ?」
早速、梅宮くんは私の苗字ではなくて名前を呼んだ。慣れない呼び名が、少しくすぐったい。
「だから、ボクだけ特別だよね」
え? と聞き返す暇もなく、梅宮くんは立ち上がって笑った。
私はそれをただ見ることしかできなかった。
「いつかさ、ボクがちゃんのトクベツになったら」
梅宮くんが私の方に腕を伸ばした。
一瞬、体が竦みそうになったけれど、その手は私の目の前で止まった。
ふうわり、柔らかく手が動く。
「ボクのこと、梅宮くんじゃなくて右京って呼んで?」
それだけ言って、梅宮くんは歩き出した。
扉に手を掛け、振り返る梅宮くんの姿がまぶたに焼き付いた。──赤い夕陽のあたたかな光が照らす、広い背中。
私はその梅宮くんの背中に声をかけた。私の小さな勇気を奮って。まだ、私にはこれが精一杯。
「また、明日ね。梅宮くん」
梅宮くんの顔が、少し驚いたように変化して、でもとても嬉しそうに微笑まれた。
赤い夕陽は、きっと眩しかった。
2005/11/07
あわわわわ。あうあうあうあ。や、やっちゃった……!
きっとすごくマイナーなんだろうなあ。最強!都立あおい坂高校野球部、梅宮右京さん。
この間久し振りにサンデー買ってきゅんきゅんした勢いだけで書いちゃったんです……。
とっても華麗。色素薄そう。た、堪らない……っ!
ちなみにこの作品のヒロインさんは男性恐怖症かつ引っ込み思案(対男性のみ)な設定。
そういう子に一歩踏み出す片想い右京くんが書きたくてそんな女の子になりました。
あと、機会があったらこれの右京視点も書きたいです! 何時になることやら。
誰かが楽しんでいただけたら嬉しいなと思います…。
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