「はあい。そこの陰気な顔した諫早少年、お元気?」
「……ああ」
「ノリ悪いよ。まあいつもそうだから気にはしないけど」


 妙にテンションの高い私に、諫早はなんともつまらなさそうに返答した。
 まあまあ。なんとも相変らずやる気の欠片もない人ですこと。
 ……諫早と私の、この温度差はいつものこと。慣れちゃえば結構居心地のいい差だ。










徒に










 大量にお菓子の入った籠を揺すって、諫早が腰掛ける横に無遠慮に座る。
 諫早は無遠慮な私の行動より籠のほうが気になるらしく、不審そうな目で私の籠を睨みつけていた。


「どしたの?」
「誰から強請った…?」
「諫早、人聞き悪い。もらったのよ。悪戯しない代わりに」
「代わり……?」


 「それは強請っているのでは……?」と諫早は続けた。
 私はその言葉を軽く無視して、籠から適当にお菓子を取り出して、袋を開けてひとつ口に放り込む。うん。美味美味。
 確かこれは二つ下の金沢くんからもらったのよね。言うべき相手を間違えたかと思ったけれど、快くくれたから良かった。
 次は何食べよー? 美弥子ちゃんからもらったやつかな? それとも赤福?


「……聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる」
「流すな。聞け」
「わかった。何?」


 籠を自分の隣りにおいて、諫早の話に耳を傾ける。
 諫早は溜息をひとつ吐いて(おいおい、人の顔見て吐くなんて失礼ね!)、話し始めた。


「…本当に強請ってないんだな?」
「しつこいって。強請ってないわよ。今日はハロウィンでしょ?」
「――ああ。成る程」
「相変らず浮世離れしてるわね。日本人には馴染み深くない行事なのは認めるけど」


 そうやって話しているあいだに、私はしようとしていたことを思い出して、諫早の顔の前に手を出した。
 不審そうな目でこっちを見てくるのは軽く無視して、私は言う。



「諫早! Trick or Treat ?



 たっぷり5秒ほどの間のあと、諫早の機嫌の悪そうな目がたいそう訝しげに私を睨みつける。
 ……いや、「睨む」って表現は些か間違っているような気がするけれど。
 私はもう一度催促するように言葉を重ねた。


「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ?」


 にっこり。そんな効果音がつきそうな顔で笑って言ってみる。
 諫早が、また溜息を吐いた。溜息を吐きながらも諫早はポケットを探って、中から何かを取り出して私に放り投げる。
 寸でのところでキャッチして、手の中にあるものに視線を落とした。――みるくきゃんでぃ。


「……何で持ってんの」
「もらった」
「誰に?」
「子分…」
「ああなるほどね。納得」


 諫早からもらった飴の包み紙をあけて、ひょいと口に入れる。生クリーム宛らの濃厚な味に一瞬驚いたが、美味しいので良しとする。
 飴の味に満足していると、不意に諫早に名を呼ばれた。思わず振り返る。



「んー? 何ー?」


 生返事で諫早にそう返すと、ふと、エレベーターに乗っているときに感じるような浮遊感を感じた。
 え? と首を傾げていると、あたたかい何かが私を包んでいることに気付く。
 自分が諫早の腕の中にいると気付くのは、数秒後。


「い、諫早…!?」
...Trick or Treat ?


 自分の声は予想外に震えていたけれど、それに続いた諫早の言葉を聞いて、思わず脱力した。


「あ。ああ…。諫早もお菓子欲しいのね…」


 まるで自分をそう納得させるかのように呟いて、籠に手を伸ばす。あの中にはもらったものだけではなくあげるためのものもいくつか――。
 手が、空を切る。目一杯腕を伸ばしても私の手は、籠まで届かなかった。


「ちょっと放して…お菓子取れな……」
「…いらない」
「え?」


 ぎゅう、と私の身体を抱き締める力が、痛くない程度に強くなる。
 諫早が口角を上げてにやりと笑うと、耳元で噛み付くように囁かれた。


「……


 声に、温度に。――諫早に、包まれる。私は、拒否が消失してしまったかのようにそのままで居た。
 諫早の声が、また、私の名を呼んだ。





2005/10/23
ハロウィンネタで書きたいなーと思っていて完成した作品。
…あれ? ハロウィンは何所に行ったの? そんな完成品で自分でも驚きです。
初の同い年設定のはとばさん夢でした。うん。書いているときは楽しかったんです。
嘘偽りなく本音なんですけど、ダメですかね…。
うん。楽しく書きました。楽しんでいただければ嬉しいですね…

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