ほしい。
足りない。
体が飢える。
渇望する。
強くほしがる。

もう止められない。
止まらないよ。
こんなことしちゃ嫌われちゃうのに。


欲しくて欲しくて我慢できないよう……!










I want  誘う馨り










掃除当番も無く、滑るようにして放送室に入る。
放送室のテーブルの上で放送室の守り神とかいう謎めいたてるてる坊主がちょこんと座っていた。
そのてるてる坊主にはそばぼうろを与えておく。
貪るようにそばぼうろに齧りつくてるてる坊主を尻目に、溜息ひとつ。


私もこんなふうに欲しいものに貪れたなら。


頭を過ぎった想像に、頭を振って考えたことを否定する。
ダメだ。
考えるな、想像するな。
理性が、野性に本能に負けてしまうから。

強く口の端を噛んで、自分を戒めようとする。
そこから出る血液で少しは気も紛れよう。
ダメ、ダメ。
これ以上考えちゃダメ。



少しは衝動も収まったような気がする。
そばぼうろを食(は)むてるてる坊主のとなりで、私は細く息を吐いた。

今まで何度他人の首に噛み付きたい衝動に駆られ、それを押し止めただろう。
きっと、数え切れないくらいあるんだと思う。
今現在15歳。数え年では16歳になる。
吸血鬼の血が目覚めて10年とちょっと…多分10年と3,4ヶ月くらい。
その10年ほどずっと私は生きている人間の血はずっと吸わずに生きてきた。
私は自分を褒め称えてやりたくなった。


右の人差指でそばぼうろをまだ食べているてるてる坊主を突付いてみる。
てるてる坊主はそんなの気にもしないでまだそばぼうろを食んでいる。
そばぼうろはまだ四分の一ほども減っていない。
なんだかてるてる坊主が可愛くなって口元に笑みが浮かんだ。
触り心地は普通の布地。多分綿とか麻とか安めの布。動力源は一体何なんだろう。
好奇心はだんだんと膨らむばかりだ。



「…?」
「あ、は、はとばさん…!こ…こんにちは…っ」
「ん」



どうしよう。
さっき収まったはずの衝動がさっきより量(かさ)を増して戻ってきた。
鼓動が逸る。
今すぐにでも動きそうな腕を爪を立て必死に耐える。
下を向いて視界は自分のスカートで占めて、景色を目に入れないようにする。
見るな。
見てしまってはその人に誰彼構わず飛び掛ってしまいそうだ。
誰か早く来て。
二人きりのままだと本当に血を吸ってしまいそうだ。



、大丈夫か?顔色が悪い…」
「―――――ッ!」



心配そうにはとばさんに顔を覗かれる。
顔が近い。
その白い首筋が、目と鼻の先に。

もう、他のもので誤魔化せない。
ホンモノが欲しい。

体が疼く。
欲しい。
彼の至福の味を楽しみたい。

頑張って堪えてきたけど、もう無理だ。
欲しくて、欲しくて、たまらない。


も う 、 も う 我 慢 な ん て 、 で き な い よ ・ ・ ・ 。



「はとばさん……」



多分、今の声は酷く艶があったんだと思う。
吸血鬼が吸血する時は艶やかになるってお母さんが言ってたから。
はとばさんの首に腕を回して、自分の口の端を舐めて目をじっと見る。
ぺろりとはとばさんの首筋を、舐める。
目が、驚きに見開かれていた。



?」



理性が微塵にでも残っていたのなら、吸血を止められたのかもしれない。
でも、もう私に理性なんて残っていなかった。
血の馨りに誘われて、もう、止まらない。止められない。

もう一度はとばさんの首筋をぺろりと舐めて、おずおずと首筋に歯を立てる。



「……っつ…」



はとばさんのくぐもった声が耳に届いた。
多分、慣れないうち…噛み付かれてすぐの頃は痛いと思う。
まあ肌が切れてるんだし当然だよね。
でも、すぐそれも無くなる。
注射と同じようなものだから。
ときどきはとばさんの口から零れる息とも声とも取れる吐息が艶やかに聞こえるような気がした。

初めての生きている人の血。

…はとばさんの血。
口に広がる、酷く甘美な味。


少し名残惜しかったけど首筋から唇を離す。
傷口から血が少量零れて、傷口が塞がる。
勿体無いと言わんばかりにそれを私は舌で舐めとった。
そのまま唇についた血もぺろりと舐めた。



「――……?」



はとばさんの、驚いたような言葉が脳で理解されると同時に、私ははっと気付いた。
飲んでしまった。
人の血を、吸ってしまった。
吸血したからといって決して吸血鬼になるわけではないけれどそれどころではない。

はとばさんから、了承も得ずに勝手に飲んでしまった。
止められたかもしれないのに、止めようともしないで。

そう気付いた途端はとばさんを見ることすら赦されないような気が、した。



「あ、あの、はとばさん、す、すみませんでした…っ!」



謝罪の言葉を言うだけ言って、私は鞄を引っ掴むと放送室から飛び出した。
頭にはもう後悔と謝罪しかなかったけれど、とても色鮮やかに刻まれたものがひとつあった。

はとばさんの、血の味。

酷く甘美な味わいだった。
とてもとても美味しくて、甘美で甘くて。
まだそんな事を思ってしまうなんて、私はどれだけ罪悪なんだろう。



…どうしてこんな罪悪なのだろう。





2005/02/12
書きたいものを欲望のままに書いてしまいました。
吸血鬼ネタ、好きなんです。
でも楽しく書かせていただきました。
はとばさんに苗字しか呼ばれてなくいのは本当にすみません。
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